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2009.09.08

「ニュータイプとは戦争なんぞせんで済む人類の事だ」という思想は,ナチスと同じくら危険な思想だぞ

 
ジオン軍の方がよっぽど科学的で人道的であり,我々はジオンから学ばねばならない,というおはなしを,倫理学的にしてみようかと.
 
 
 
宇宙世紀0079,地球から最も遠い宇宙植民都市サイド3はジオン公国を名乗り,地球連邦に独立戦争を挑みます.人類史上初の宇宙空間を舞台とした国家間の全面戦争は,その緒戦において総人口の半数を失うという未曾有の大惨事をよび,人類は自らの行為に恐怖します.

そのような人類存続の危機といっても過言ではない過酷な戦争の中,傑出した戦果をあげる特定の兵士達が注目され始めます.彼らは,一般人とはあきらかに異なる能力をもっていました.連邦・ジオン両軍において「ニュータイプ」と呼称された彼らは,遠隔から他人の思考を読み取る能力を持っていたのです.
 
 
さて,ここから本題.

劇中での戦争のあり方さえ一変させてしまったニュータイプですが,ジオンと連邦それぞれの軍内部における扱いは対照的に描かれていました.
 
 
まずはジオン軍.

ジオンにおいては,ニュータイプの科学的な研究は戦争が始まる前から始まっており,一般市民の間でもニュータイプの存在はごく自然に受け入れられていたようです.いまだに地球表面にへばりついてる人々と比較して,宇宙移民者達が生活の場とする宇宙空間は圧倒的に広く,人々は人間の矮小さと孤独を肌で感じていたことでしょう.そんな空間で生きる人々が,お互いに他人の意志を読む能力が進化した次世代の人類の出現を望んでも不思議はないかもしれません.

それはともかく,ジオンにおけるニュータイプの研究は,徹底的に科学的合理的に進められます.残念ながら,他人の意志を読む能力の物理的な仕組みやら,脳神経の仕組みなどはまだ解明されておらず,能力を発現する遺伝子も特定されてはいないようですが,とにかくニュータイプと呼ばれる特殊能力を持つ人々が実在することと,能力の測定方法は科学的に明らかにされているようです.戦争が始まってからは,ニュータイプ能力を利用した兵器も実用化され,実戦に投入されて大きな戦果をあげます.

ここで重要なのは,ジオン国民が注目したのは現実的なニュータイプの能力だけであること.能力を持っている者はそれを有効利用すればいいし,場合によっては能力を無い者を指導すればいい.ジオン国民は「次世代の人類はかくあるべし」などという倫理的な問題にはほとんど興味がないようです.

もしかしたらアニメの制作陣は,主人公からみて敵役であるジオン軍がニュータイプを戦争の道具として利用することを,ナチスが行った人種差別的な非人道行為になぞらえて描きたかったのでしょう.しかし,ジオンは徹底的に科学的・合理的であっただけで,ナチスのように非科学的な優性学に傾倒したわけではありません.実際,ジオンにおいては,政治家はニュータイプを自称し,戦果を上げたニュータイプの兵士は尊敬され出世しています.アニメ制作陣の思いとは裏腹に,ジオンの合理主義はなかなか魅力的に見えました.
 
 
 
一方の連邦軍.

こちらでは,ニュータイプの研究はほとんど進んでいません.主人公アムロの戦場における超人的な活躍により,他者の思考を読めるニュータイプというものが存在するらしいとは認識していますが,特に戦争のやり方を変えることはありませんでした.小数の超能力者の力に頼ろうとはせず,国力の劣る敵を圧倒的な物量で押しつぶす正攻法に徹します.

宇宙世紀の地球市民は総じて保守的だったようですから,自分たちとは異なる,次世代の人類かもしれないニュータイプの存在を認めたくなかったのかもしれません.

「ニュータイプとは戦争なんぞせんで済む人類の事だ」

レビル将軍のこのお言葉は,連邦政府および軍部,もしかしたら市民も含めた総意なのかもしれません.

しかしこのお言葉,一見して人道的に正しいお言葉のようですが,まったくもって不合理だったりします.

おそらくレビル将軍は,ニュータイプが他人の思考を読めるのなら,お互いに共感し合うことができるニュータイプが戦争をするわけがない,と考えたのでしょう.

しかし,「他者の思考を読める」というのは生物学的な形質ですが,「戦争なんぞせんで済むのが正しいと考える」かどうかは単なる倫理規範の問題にすぎません.戦争なんぞしないのが倫理的に正しいのに特に異存はありませんし,両者をイコールだと考えたい気持ちもわからなくもありませんが,両者のあいだには大きな大きな差があります.

「他者の思考を読める」という形質が進化する仕組みは,その物理的なメカニズムの解明が可能かどうかはともかくとして,ダーウィニズム的な進化論を適用して生物学的に考えることは可能でしょう.しかし,そのような形質をもった人類が必然的に「戦争をしないのが正しい」と考えるかどうかは,生物学というか自然科学の問題ではありません.

一般的にこの手の倫理規範の根拠を生物学的な形質に還元するのは,遠い将来に脳みそや本能の仕組みが完璧に解明されれば可能かもしれませんが,すくなくとも宇宙世紀を含む近未来には不可能でしょうねぇ,たぶん.
 
 
レビル将軍にとっては,実在するニュータイプの人々の形質よりも,「次世代の人類は戦争なんぞしないはずだ」という理想,倫理規範の方が先に来るのですね.だから,戦争に適応し戦果をあげているアムロやジオンのニュータイプ部隊が,次世代の人類であるはずがない,と.

自分に都合のよい倫理規範を先に決めて,それにもとずいて科学的な事実をあげようとする発想は,例えば「バカヤローという言葉は汚い,だから言葉をかけた水は美しい結晶になるはずがない」というバカバカしい思想と,根本的なところで同じですよね.さらに,ちょっと応用すれば,血液型性格判断やナチス的な優生学などにも適用できるでしょう.

ひょっとしたら,ギレン・ザビ総帥よりも,レビル将軍の方が,ナチスに近いのかもしれません.
 
 
 
てなわけで,長くなりましたが,ジオン大好きな僕の結論としては,「こんなに合理的なジオンがなぜ負けたのか納得いかんぞ!」ということで.
 
 

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