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2008.08.26

胃カメラとか

 
カメラの飲むこと自体は別にどうってことないのだけど、事前のノドの麻酔が苦手。

「横になってノドの奥に麻酔薬を貯めておく」という行為がどうしても出来ません。時間いっぱい我慢が出来ずに、必ず途中でゲロゲロになって、口からだらだらこぼしてしまいます。困ったもんだ。
 
 
あと、エコーの時に塗ったくられるデロデロしたのも、くすぐったくて苦手。頭の中で素数を数えて冷静になろうとしても、どうしても顔がにやけてしまう。上半身裸で万歳した大のおとなが、ニヤニヤしながらくすぐったさに耐えている図、てのは自分でもあまり想像したくないなぁ。
 
 
もうひとつ、僕の血管は、採血の針は刺しやすいのだけど、血圧が低すぎてなかなか血がでてこないのだそうだ。それって、出血をともなうケガをした時の事を考えると、失血が原因で死にづらい、より進化した人類ということにはならないだろうか?
 

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2008.08.25

J1第22節 横浜FM 1-0 札幌


 
2008年08月24日(日)
J1第22節 横浜FM 1-0 札幌(ニッパ球)
ニュースなどで結果を知る

うーーーん。困ったなぁ……の敗戦。

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2008.08.24

野球の日本代表監督

 
オリンピックでの惨敗をうけて、今後は2009年に行われるとされているWBCに向けた監督の選出が話題になってくるのでしょう。しかし、野球というスポーツは、代表監督を選ぶのが難しそうですね。

今回、無能さと人望の無さを大いに露呈してしまった星野君の続投は、絶対無理不可能の問題外という前提で話を進めます。
 
 
野球というスポーツの性質上、そして日本では野球はそれなりに歴史があり選手層はそれなりに厚いということから、特定の大会のために今さら選手の能力を鍛えるということは、それほど重要ではないのでしょう。

すなわち、短期決戦を戦う場合、もっとも重要なのは、試合中の采配やら戦術というよりも、代表選手として誰を選出するのか、そして選ばれた選手がそれを受けるか、そこにつきると思います。
 
 
で、これは僕の想像なんですが、日本代表チームを考えた場合、イチローの存在は絶対でしょう。松坂や松井やダルビッシュがいない代表はありえても、イチローがいない日本代表は考えられません。ある意味、監督よりもイチローの方が重要だといっても、過言ではないかもしれません。トルシエ時代のサッカー日本代表での中田よりも、遙かに大きな存在じゃないかな。

というわけで、代表監督の絶対条件として、あのイチローが言うことをきく人、というカリスマ性が必要になります。

そこで、所属球団との契約や意向とかは無視して、候補を考えてみました。
 
 
王さんならばイチローも言うこと聴くだろうけど、あの健康状態の人に無理にお願いしなくちゃならないというのは、野球界としてあまりに情けない。長嶋さんも同様。

原君や岡田君は、地味すぎて微妙。

野村さんには、一度ベストメンバーを与えて自由にやって欲しい気もするけど、オールスターでのイチロー投手起用時の件もあるので、イチローとはうまくいかないような気がします。

本気で勝ちに行くなら、ヒルマンやバレンタインがいいと思うけど、日本野球界が外国人監督を許すことはないだろうなぁ。

てなわけで、個人的には落合君がベストだとおもいます。でも、落合なら意地になってイチローを使わない可能性もあったりするかもしれない。(それはそれで面白いけど)

いっそのこと、世界の野球を知り尽くしている野茂を監督にしよう。そして、落合と古田がコーチ。イチローがキャプテンというのが、最強の布陣だったりしないかな。
 
 
……てな感じで、スタッフ人事について勝手な予想を立てるのは、ファンの大きな楽しみのひとつなんですが、でも、そもそも野球の代表監督って、誰がどうやって決めているんですかね?

日本野球界最大の問題は、代表のスタッフ人事など重要な事項が、いったい誰の責任でどのように決定されるのか、ハッキリとしていない点なんだろうなぁ。今回の敗因の責任と、WBCに向けての対策を練る責任は、いったい誰にあるのだろう?

(この点に関してだけは、少なくとも制度上は責任者が決まっている日本サッカー協会の方が、遙かにましかもしれないなぁ)
 

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2008.08.22

ザリガニ抹殺指令とイタドリ

 
スコットランドでは、ザリガニを見つけたら殺せ! と呼びかけがなされているそうです。

英州政府が異例の呼びかけ、「ザリガニを見かけらた直ぐに捕まえてください」(technobahn 2008/8/17)

在外種となるアメリカザリガニの異常繁殖のため生態系に深刻な影響が生じているとしてスコットランド州政府が「ザリガニを見つけたら直ぐに捕まえてください」と異例の呼びかけを行う事態となっている

BBCのサイトを見ると、"kill on sight" と書かれているので、「見つけ次第殺せ!」 ということなんでしょうね。

'Kill Crayfish on sight' appeal(BBC NEWS 15 August 2008)
 
生物というものは、別に人間の手を借りなくても、新しい土地に広がって行こうとするものですから、「固有の生態系は重要。外来種は悪」というのは、決してエコではなくて人間のエゴでしかないわけではありますが、それを自覚の上でそれでも故郷の生態系を守りたいというのなら、それはそれでいいんじゃないかな。

一度失われた種は二度とよみがえらないわけだから、固有種を守るのは、将来有効利用できるかもしれない国産遺伝子資源の保護という、経済的な観点からも重要だし。

個人的には、日本の環境相も、「ブラックバスを釣り上げたらリリースするな。かならず食え!」と呼びかけていいと思うよ。
 
 
あと、上記のBBCの記事には、こんなくだりがありますね。

Mr Russell branded it one of the most problematic, invasive species in the country alongside the grey squirrel, Japanese knotweed and American mink.

Japanese knotweed というのは、おそらくイタドリのことだと思われます。

イタドリといえば、日本では土砂崩れの後とか噴火の後とか、どんな荒れ地にでも真っ先に乗り込んでいって地下茎で土地を耕し、草原や森林の再生のための礎となる偉い奴(?)なわけですが、スコットランドにまで乗り込んでいって、しかもザリガニやミンク同様に侵略者扱いされているとは知らなかった。

スコットランドって、イタドリが好む荒れ地や草原が多いのですかね? あと数千年も立てば、イタドリのおかげでスコットランドの荒れ地も豊かな森林になる可能性もなくもないのだろうけど、それはスコットランド人が守りたいと考える故郷の生態系とは、異なるんだろうなぁ。
 
 
 
それはそれとして、このニュースから感じた、どうでもいい余談ををいくつか。

もしも、仮定の話として、もしもここで問題になっているアメリカザリガニが、原産地のアメリカや他の地域では絶滅しかけていて、スコットランドに移住した連中だけだけが生き残っている状況だとしたら、それでもやっぱりこのザリガニは悪者扱いされるのだろうか?
 
 
それから、実は、すでにこのザリガニは、スコットランドでもそれなりの生態的地位を確立していて、人間の手による虐殺は、かえって生態系の悪影響を与える……なんてことはないのかな? 毛沢東の害鳥スズメ虐殺指令が、かえって中国全土に飢餓を引き起こしたように。
 
 
ついでにもうひとつ。

英国といえば、悪名高い動物解放戦線やら、動物の倫理的扱いを求める人々の会やらの本場だけど、この手の連中は、このザリガニに対する種族浄化作戦に対して、なんか反応しないのかな?
 
 

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2008.08.20

ビックフットはニセモノだった

 
 
なんと、ビックフットの死骸が見つかり、DNAが検査されたそうですよ。 これは大事件だ!

Palo Altoでのビッグフット発見記者会見(Tech Crunch 2008年8月16日)

米国で発見された(と主張されている)UMA「ビッグフット」の死骸、DNA検査の結果は「ニセモノ」(スラッシュドット  2008年08月18日)

My Report from the Bigfoot Press Conference(The Real McCrea August 15,2008)

"Bigfoot" fails DNA test(REUTERS 2008年 08月 16日)

発見者達の態度を見るに、どうやら、というか確実に、ニセモノみたいですね。残念。
 
 
ところで、「ビックフット」を「UMA」と呼称することに、僕はどうしても違和感を感じるんですよ。

UMA の「U」は「あんあいでんてぃふぁいど」。つまり「未確認」。

この事件の場合、「あんあいでんてぃふぁいど」が「ニセモノ」だとわかったんですから、すなわち「あいでんでぃふぁい」されたということです。
 
 


DNA検査には2つのサンプルを使用したそうですが、検査結果によると1つのサンプルは人間のものとされ、もう1つはその96%がopossum(フクロネズミ)と判明したそうです。

(スラッシュドット)


 
ビックフットの正体が渡米したネズミ男だったら、つじつまはあうと思うのだが。
 
 
それはともかく。

ならば、いったいどんな結果が出れば、UMAの死骸だと証明できたのだろう? 仮にヒトでもサルでもない未知のDNAだったとして、そのDNAの持ち主である新種が、アメリカ人が一般的に認識している「ビックフット」の一個体であると、だれが決めるのだろう?

そもそも、「あんあいでんてぃふぁいど」のくせに、「びっくふっと」やら「さすかっち」やら「いえてぃ」やら、ちゃんと区別されて名前がついているとは、何事だ。矛盾してないか、これ。

……と思って、「困った時のウィキペディア」で検索してみると、UMAというのは和製英語らしいですね。
 
 


英語ではCryptidと呼ばれ、これを研究する学問はCryptozoologyと呼ばれる。日本では英語の Unidentified Mysterious Animal(読み:アナイデンティファイド・ミステリアス・アニマル)(謎の未確認動物)の頭文字をとって UMA (ユーマ)と呼ばれることが多いが、後述のようにこれは日本人による造語であり、海外ではそのように呼ばれることは少ない。現在では一般に知られているジャイアントパンダやローランドゴリラが生物学的に確認されたのは19世紀以降で、それ以前にはUMAだったとも言える。

未確認動物(ウィキペディア)


 
 
なるほど。生物学的に確認されていないだけで一応世の中で区別されているものを、日本人が勝手に「あんあいでんてぃふぁいど」と呼びはじめてしまった事が、根本的な誤りだったのかもしれません。
 
これ、ささいな事のようだけど、けっこう大事なことじゃないかなぁ。
 
 
例えば、UFOの存在や正体について議論していると、初めからすれ違いになることが多かったりします。

これは、「UFO」の「U」が「あんあいでんてぃふぁいど」だと意識しているかどうかが原因じゃないかな。

すなわち、本来の「UFO」について語っているつもりの人と、初めから根拠も無しに「エイリアンクラフト」について語っている人では、お話しにならないのも当然だよなぁ、なんて思うわけですよ。
 
 
おまけ

未知動物学ってのは、勉強しないオカルト信者が割り込む余地なんてないんだよ、と思い知らされる本の紹介。しかも、読むだけでとてもロマンを感じます。ちょっと古いですが。

幻の動物たち―未知動物学への招待〈上〉(ジャン・ジャック・バルロワ )

幻の動物たち―未知動物学への招待〈下〉(ジャン・ジャック・バルロワ )
 

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2008.08.19

AWARD NOTIFICATION COMMISSION という人が、2億円くれると言ってきた

 
オチを先に言ってしまうと、よくある宝くじ詐欺の手紙なんですけどね。

知人のところに、郵便がきたわけです。ご丁寧に国際郵便で米国はカンサス州から。
 
 
中身は、日本語が不自由な人が書いたらしく、いまひとつ意味がつかめないけど、どうやら

「あなたは、2億数千万円あたる権利がありそうでなさそうなので、2000円の為替と個人情報をカンサスまで送ってね」

と言いたいらしいです。たぶん。
 
 


○○様への通知
件名:勝者への支払い賞金
(総額):¥2XX,XXX,XXX

○○様
米国カンザス州カンザスシティのAWARD NOTIFICATION COMMISSIONでは、カテゴリーXXXX適正賞金シリーズにおいて確認し正式に有効にすると共に、直接、あなた様宛に署名入り所管で2008/XX/XXに発送できますことを嬉しく思います。

ここに記載のすべての指示にしたがってください。本賞金シリーズの総額は100%完全に認証されており、適切なエントリー結果と、弊社が返信を待ちわびている勝者の指定によって支払い保証小切手が迅速に発送されることが保証されています。返信の際には、必ず郵便で返送してください。

(めんどくさい手続きが書いてあるだけなので中略)

14日以内に必ず郵便で返送されると本件の結果をご覧いただけます。あなた様のエントリー記録を有効にする方法は他にありません。

従って、ANCを代表して、あなた様から書類を受領できる日を非常に楽しみにしています。

こまかい数字の部分は、一応伏せ字にしました。金額は、おそらく200万ドルを単純に為替レートで円にかえただけでしょうけど。

機械翻訳にしても、ちょっとひどい日本語ですね。こんなんにだまされる日本人がいるのかなぁ?
 
ちなみに、手紙の用紙はあまり高級な紙ではありません。印刷はたぶんカラーのインクジェット。

この紙の他に、カンサスシティ宛の返信用の封筒と、もの凄い細かい字でびっしり書かれた「大賞スイープステークスⅧ(Grand Prize Sweepstakes VIII)正式規約/契約条件」という小さい紙。
 
 
ついでに、ちょっとググってみた。

オーストラリアのこれと似てるけど、これを直訳したわけではなさそう。

Award Notification Commission(WA ScamNet)
 
 
元ネタはこっちかな?

Report: Award Notification Commission(Ripoff Report)

最近、国内でもはやってるみたいですね。

自宅にAWARD NOTIFICATION COMMISSIONというところから郵便が来ました。 (Yahoo!知恵袋)
突然謎の手紙が届きました…。。 カンザス州のAWARD NOTIFICATION COMMISSIONとい...(Yahoo!知恵袋)
 
 
それにしても、この手の詐欺って、郵便料金を払ってでも、ペイする商売なんですかね?

言うまでもないことですが、この手の訳のわからない手紙が来ても、絶対に返信しないよう気をつけましょう。そもそも、国内で外国の宝くじを買うのは違法だとされています。騙されてお金を取られるだけではなく、違法行為をしてしまうことになりますよ。
 

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2008.08.17

J1第21節 札幌 1-2 京都


 
2008年08月17日(日)
J1第21節 札幌 1-2 京都(札幌ドーム)
札幌厚ドーム ゴールドシートで観戦

うーーーん、どうしたものかね。 の敗戦。

詳しくは、こちらもどうぞ
超私的 コンサドーレ札幌 応援日記
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2008.08.15

google以外の誰かに、非公開の住宅写真集をつくられるよりは、はるかにましだ

 
時間が無くてまとめてないけど、とりあえずモヤモヤを文字にしてみる。

それが良いか悪いかは置いておいて、少なくとも家の外では、プライバシーなんて既に無い社会になってしまったんだということを、まずは理解しないと。

コンビニでも路地でも防犯カメラで録画されているし、車で走ればNシステム。クレジットカードやらATMの利用記録とか、情報を握っている人がその気になれば、個人の行動なんていくらでも特定されてしまう。

自宅の周りだって、登記簿見れば誰の土地かはすぐわかるし、世帯の名前が入った詳細な住宅地図だって簡単に入手できる。電力屋、ガス屋、電話屋は工事の前の調査で写真撮るし、近所の不動産屋だって写真取りまくりだ。

自宅の外観の写真なんて、動機と能力のある人がその気になれば、今だっていくらでも手に入るわけだ。しかも、これを法律的に制限することは(たぶん)不可能だ。なんたって、住宅の外観は個人情報でもなけりゃ、知的財産でもない。そもそも公開されているものだから。

問題はコストだけ。町中の住宅の写真をとってデータベース化して、果たしてそれがペイするのか。その問題が、技術の進歩によって、ついにクリアされてしまったわけだ。
 
 
googleがこのサービスを実行してしまったということは、この手のデータベースを構築することが、技術の進歩によってコスト的に見合うようになってしまったということだ。

googleストリートビューと同じような写真のデータベースも、既に他の組織によって構築済みかもしれない。今はなくても、今後それを企む組織が必ず出てくるだろう。でも、googleのように、収集された自宅の写真を公開してくれるとは限らない。というか、そんなデータベースが存在することすら秘密にされる可能性が高い。

データを採算が取れるよう有料で公開するとか、治安上の問題とか、より強い動機がある組織なら、googleより先に既に実行していてもなんらおかしくないわけだ。データの提供先が、たとえば不動産屋とか警察に限られていて、被写体であるわれわれが知らないだけ。
 
 
こんな世の中になってしまったのが、いい事なのか悪いことなのかは僕はわからないけど、いまさら逆もどりすることは、技術的にも法律的にも不可能でしょう。

ならば、特定の力を持った信用できない連中だけに情報をいじくられるよりは、世界中の人が世界中の人にお互い情報をさらけ出す世界のほうが、僕はましだと思う。

プライバシーの無い世界がいいと言っているわけではない。少なくとも家の外でプライバシーを保つのは難しい世の中になってしまったのは事実なんだから、だったらそのつもりで暮らしていきましょう、と言いたいだけ。みんながそれを前提とすれば、それに適応した新しいサービスも立ち上がって、より便利な社会をつくっていけるんじゃないかな。
 
 
今日のプライバシーの問題の本質は、(1)知らないうちに、あらゆるところで、自分の情報が収集されていること。そして、(2)情報を収集した主体も含めて、誰もそんな情報をコントロールできず、いろいろなところで情報と情報が結びつけられて、詳細な個人情報が作られてしまうこと。さらに、(3)そんな現実であることを、一般市民が知らないこと。

ならばいっそ、(法律に違反しない範囲で)収集した情報を公開してしまえ! というgoogleの姿勢は、(3)の問題を市民に自覚してもらう上で、重要な役割を果たすかもしれない。

googleという会社の、ストリートビューというサービスがそのきっかけになるとすれば、他の未来と比較して、それは我々にとって幸運なのかもしれないなぁ、なんて思ったりもします。
 
 
 
補足その1

あくまで、googleストリートビュー全体のお話しです。例えば、判別可能な顔が写っていて肖像権を犯しているとか、家の中の様子まで写り込んでいるとか、個別の写真の問題は個別に解消していくしかないでしょう。文句をいうための手続き是非のお話しも、また別のお話。
 
 
補足その2

「倫理」とかの理由で反対する人は、「日本人特有の……」という言い方で逃げないで、きちんと誰でも納得できるよう論理的に説明して欲しい。法で規制できないことを事を企業に求めるのなら、当然のこと。

それが出来ないのなら、正直に「倫理なんて知らないけど、感情的に僕はイヤ」でいいのに。それはそれで消費者の意見として説得力あるんだから。そして、マスコミに訴えるとか、不買運動とか、場合によっては訴訟とか、市民の権利としてやるべき。
 
 
補足その3

googleがそこまで信用できるのか? については、僕は他の組織、企業よりも遙かにましだと思う。ほっておいても、必ずどこかの組織が秘密裏に似たような事をやります。ならば、googleによって実行されて、写真が公開されて、こんな世の中になったとみんなが実感できる方が、はるかにまし。こんな企業イメージを作り上げてしまったgoogleの戦略が凄いということでしょう。

逆に、警察はともかく、コンビニ等の防犯カメラの映像に疑問を抱かないくせに、それでいてgoogleには反発する人がいることのほうが驚き。

もちろん、googleが莫大な個人情報を収集しているのは事実ですから、個人情報保護法やら知的財産やら肖像権やら他の人権やらの観点で、市民としては常にgoogleを監視し、問題があれば告発する姿勢を崩してはいけません。ちなみに、僕はRFIDとか監視カメラとかNシステムとかクッキーとか、基本的に大嫌いですが、個別の問題は別の機会に。
 

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2008.08.14

月刊マイクロソフトアップデート8月号

 
お盆ですが、たくさん出ました。

MS月例パッチ11件公開、IEやWordの脆弱性に対処(ITmedia 2008年08月13日)

マイクロソフト社のセキュリティ修正プログラムについて(MS08-041,042,043,044,045,046,047,048,049,050,051)(警察庁 @police 2008/08/13)

2008年8月のセキュリティリリース(日本のセキュリティチーム 13 August 08)

2008 年 8 月のセキュリティ情報(マイクロソフト TechNet 2008年8月13日)

今月は、 緊急6件、重要5件で合計11件と大漁ですね。しかもoffice関連の「緊急」が、かなりヤバげ。リモートから任意のコードを実行される可能性があり、既に攻撃用ツールが出回っているそうです。さっさと適用しておきましょう。

各企業の情シスの担当者は、お盆休み明けたら大変だ。
 

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2008.08.13

押井守と川井憲次

スカイ・クロラ公開記念(まだ見に行ってないけど)ということで。

押井守の映像には川井憲次の音楽が不可欠なんだぁ! ……と熱く語ってみたいのですが、残念ながら音楽的な方面で蘊蓄を語れるほど詳しい知識はありません。

でも、実際に聴いてみれば、問答無用で良さがわかってもらえるだろうと言うことで、ここのところ内職に励む時にBGMとして聴いているCDの紹介でも。
 
 
 紅い眼鏡<完全盤>(川井憲次)

押井守の初実写映画にして、お二人の初コンビ作品のサウンドトラック。これは、昨年出た「完全版」です。

映画そのものは、面白いかと問われると、千葉繁や天本英世の強烈な印象と、プロテクトギアの格好良さ(特に目が光るところ)、そして川井憲次の音楽しか記憶にないなぁ……てな感じです。でも、とにかく音楽は素晴らしい。超低予算映画にはもったいなくらい、格好良すぎの曲ばかり。

僕は知らないけど、メインテーマが、あるプロレスラーのテーマソングになっているらしい。
 
 
 機動警察パトレイバー メモリアル・コレクション・シリーズ PATLABOR ORIGINAL SOUNDTRACK ALBUM(川井憲次)

パトレイバーの映画第一作目のサウンドトラックです。アクションシーンの音楽もいいけど、映画冒頭のシーンや東京を徘徊するシーンの音楽がいい。音楽を聴くだけで、押井守ならでは強烈に印象的なシーンの数々が、脳みそによみがえります。
 
 
 イノセンス オリジナル・サウンドトラック(川井憲次)

超大作「イノセンス」のサンドトラックです。中国や日本っぽい民族音楽からロックまで。そして、太鼓からオルゴールから大人数の女性コーラスまで、とにかく幅の広い音楽が詰まった一枚。これは、たとえ映画を見ていない人でも、飽きないんじゃないかな。
 
 
さて、評判もそれなりに良いようだし、さっさとスカイ・クロラを見に行ってくるかね。

問題は、非オタクである嫁さんを連れて行くかどうか。いくら評判が良くても、押井作品が万人受けするとは限らないからなぁ。というか、一般人には受けない方が多いだろう。どうしたものやら。
 

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2008.08.10

J1第20節 札幌 1-2 大宮

 
2008年08月09日(土)
J1第20節 札幌 1-2 大宮(厚別)
札幌厚別競技場 ゴールドシートで観戦

うーーーん,だめかも。 の敗戦.
 
 
こちらもどうぞ
超私的 コンサドーレ札幌 応援日記
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2008.08.08

ヤマト復活?

なんと、あの宇宙戦艦ヤマトが復活する……らしいですよ。

ポニョ超えだ!ヤマト25年ぶり復活へ(スポニチ 2008年08月01日)
「宇宙戦艦ヤマト」の続編製作が発表される(スラッシュドット 2008年08月05日)

名作アニメ「宇宙戦艦ヤマト」が最後の劇場公開から25年ぶりの復活に向けて始動した。製作総指揮に当たる西崎義展氏(73)が31日、東京・練馬区内に拠点となる「ヤマト・スタジオ」を開き、「私の最後の作品。宮崎駿監督の“崖の上のポニョ”を超える作品にしたい」とボルテージを上げた。

 スタジオ開きには総監督の舛田利雄氏(80)や総作画監督の湖川友謙氏(58)ら約40人のスタッフも出席し「復活編」の門出を乾杯で祝った。04年7月に一度製作が発表された経緯があるが、著作権をめぐる法廷闘争などもあって、その際は断念。西崎氏によると、今回はすべてがクリアになっての再始動。

(上記スポニチの記事)

ウィキペディアには、もうこんな項目ができてますね。
宇宙戦艦ヤマト復活編(ウィキペディア)

で、肝心のストーリーはというと

今作は西暦2220年が舞台。移動性ブラックホールの膨張で地球に危機が迫り、3億人の移民作戦が展開。その途中に移送船団が攻撃を受け、ヤマトが反撃するというストーリー。38歳になった古代進が艦長になり、妻の雪との間に美雪という娘もいる設定だ。

(上記スポニチの記事)

ん? どこかでみたことあるぞ……と検索してみたところ、自分のブログで書いたことありました、ちょうど4年前。

てなわけで、4年前のエントリから引用。

内容はこんな感じだそうだ。

「時代設定が前作から約20年たった西暦2222年。宇宙を移動するブラックホールが半年後には地球をのみ込むことが分かり、全人類が2万7000光年離れた星に移住することを決定。移民船団がその星に向かう途中、一帯の惑星を植民地支配する大国の軍隊から攻撃を受け、ヤマトが反撃をする」

執念の復活?宇宙戦艦ヤマト(セキュリティ&コンサドーレ札幌 2004.07.21)

もともと90年代前半から製作の話が何度もでていたのが、泥沼の著作権問題やらプロデューサーの逮捕やらで暗礁にのりあげた後、2004年に一度は執念の復活を遂げた(けど、ぽしゃった)あの企画そのままみたいですね。 

ヤマトがアングロサクソン的な宇宙覇権国家に対して八紘一宇の精神で戦い抜く……てな感じのストーリー原案(なんと石原慎太郎!)を、どこかで読んだような気がするのだが、あれがそのまま映画になるのかな? (当時のネット上の資料は、リンク先がことごとく無くなっていますね)

楽しみなような、やめた方がいいような、複雑な気持ちだなぁ。どうせやるのなら、中途半端に今っぽい作品にしないで、これぞヤマト! てな感じのヤマトの王道を突っ走った作品にして欲しいものです。
 
 

さて、ストーリーの本質ではないけど、もし本当に復活するのなら、戦闘シーンに一言いいたいことがあります。

これまでのヤマトは、ウンカのごとく殺到した米航空機に為す術もなく沈められた旧海軍の大和の怨念をはらすかのように、コスモタイガーなどの艦載機をたくさん引き連れた機動部隊的な戦術をとることが多々ありますが、これは戦艦らしくなくて実にかっこ悪い。

なんといっても「宇宙戦艦」をタイトルに冠する作品なんですから、やはり戦いの中心は戦艦それ自身の打撃力であるべきだと僕は思うのです。戦艦は機動兵器の母艦とは違う。

ガミラス撃退後に再建されたヤマト以外の地球防衛艦隊は、ついに手に入れた最終兵器である波動砲を積極的に運用するため、大艦巨砲主義に回帰したように見えました。特に旗艦アンドロメダの艦首に備えられた二連装拡散波動砲のかっこよさは、アニメ史上でも随一のものでしょう。

地球艦隊は、強大な敵艦隊との戦いにおいて、雑魚には目もくれず、敵主力にむけて拡散波動砲による先制攻撃をしかけてこれを一撃のもとに葬り去ります。さらに、白色彗星本体に対しては、アンドロメダを筆頭に波動砲装備の戦艦を20艦ほどずらりとならべ、小細工無しで一斉発射。……じつに男らしい、わかりやすいドクトリンです。やっぱり宇宙戦艦はこうでなくちゃ。(古代が、デスラーから入手した白色彗星の弱点を隠さず、ちゃんと艦隊司令部に伝えてさえいれば、アンドロメダは白色彗星を圧倒していたはずです)。

てなわけで、ヤマトがヤマトらしく、ガンダムやエヴァやポニョじゃ無いところを魅せるには、とにかく大艦巨砲主義をつらいて、敵との戦闘は遠距離からお互いの主砲を撃ちあい、打撃力と防御力、そして愛の力で最終的に勝利! という映画にしてほしいなぁ……というのが、ヤマトに対する個人的な思いでした。
 

まぁ、当面最大の注目点は「古代の中の人をどうするのか?」 そして、「古代美雪ちゃんは現代風の萌えキャラになるのか?」ですかね。


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2008.08.07

死んだら、せめて遺灰は宇宙に送って欲しい

 
宇宙葬の希望者の遺灰を積んだロケットが、打ち上げ失敗してしまったそうです。

Falcon 1ロケットの打ち上げ失敗で208名の遺灰が散失(スラッシュドット 2008年08月06日)

Launch of Private Rocket Fails; Three Satellites Were Onboard(NYTimes.com August 3, 2008)

先日打ち上げに失敗したFalcon 1ロケットには、宇宙葬希望者208名の遺灰を含む宇宙葬用カプセルが搭載されていたそうだ(NY Times・本家記事)。

208名の中には米国第一期宇宙飛行士の一人であったゴードン・クーパー氏や、スタートレックTVシリーズで超優秀な機関士「スコッティ」(日本語版では「チャーリー」)を演じたジェームズ・ドゥーアン氏の遺灰も含まれていたとのこと。

……だそうです。
 
 
失敗したのは残念でしたが、僕も死んだら遺灰は宇宙か海にまいて欲しいな(費用次第だけど)。お墓に入れられるなんて、まっぴらだ。
 
 
さて、仮にロケットの打ち上げが成功したとしても、もともと遺灰は低高度の衛星軌道を空気抵抗で減速するまでグルグル回って落ちてくる予定だったはずですから、失敗してちょっと早めに弾道軌道から落ちてきても、本質的な違いはないかもしれません。

でも、これは単なる僕の想像なんですが、大金を払って遺灰を宇宙に打ち上げる人って、単に宇宙に灰をまきたいのではなくて、宇宙の彼方の地球とは違う異世界に行きたかったんじゃないかなぁ、なんて思うのですよ。

残念ながら現在の技術ではそれは不可能だから、せめて地上から遠くにまかれたかったんじゃないかなぁと。

だとすると、打ち上げ失敗で大気圏の外にすら行けなかったのは、まさに痛恨の一撃(もう死んでますが)、草葉の陰で悲しんでいるかもしれないなぁ。
 
 
 
突然思い出したのですが、20年ほど昔のSFまんがで『That's!イズミコ』(大野安之)という作品がありました。

なんでもできる大富豪の天才女子大生イズミコが主人公で、基本的にドタバタSFコメディなんですが、その中の一話がなかなか泣けるんですよ。
 
 
イズミコが気まぐれで愛人ごっこをしている中小企業の社長のおじさまが、ベットでイズミコに語るわけです。

「あるところに子供がいた。男の子だ。いつも遠くに行きたいと願っていた。」

「大きくなって外国をまわることができた。会社も作った。結婚をして家族もいる。もう冒険は出来ないだろう。自分自身以外の責任も負っている中年のおじさんだ。」

「それでもその子は、畳やベットの上では死にたくないと思っている。家族に看取られるなんて冗談じゃない。……どこか知らない土地で。」

「たぶん不可能に近いだろう。それでも、そうそう願いだけはもっているんだ。なぜなら、そういう願いまで失ってしまったら、その子の人生が否定されてしまうと考えるからだ。」


「どうして……」
「男の子とはそうそうものだからだよ」


「なぜ責任を負わなければいけないものを作ったりするの?」
「そうしたがるのも男の子だからだよ」


「ときどきふいに、いてもたってもいられない気持ちが起こる。会社も、家族も、家も、全部捨ててしまって、どこかへ、遠くへ、べつのところに行きたい……ばからしいだろう?」


「冒険がしたいですか? 私をつれてどこか行きます? 心中しますか?」
「……その気はないよ。考えをもてあそぶしかできない」


 
 
……なさけない。なんて情けないオヤジでしょう。

こんな事を言いながら、イズミコに対して「将来のこと考えているのか?」なんて説教までする、吐き気がするほど情けないオヤジです。

でも、妙に共感してしまう部分が確かにちょっとだけあって、それは僕も情けないオヤジだからなんでしょう、きっと。
 
 
結局、このオヤジは交通事故で死んでしまうのですが、本気になりかけていたイズミコは、彼の一部を超光速ロケットで宇宙の果てに打ち上げてやるわけです。

情けないけど、こんなのもいいなぁ、なんて思ったりしたりして。もちろん愛人がほしいわけではなくて、死んだら宇宙の彼方に送って欲しいなぁ、という意味で。
 

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2008.08.06

google ストリートビューはヤバイ

 
何がヤバイって、東京やら仙台やら札幌やら、思い出の風景がことごとく360度ぐるっと完全に見えてしまうのがヤバイ。

東京でバリバリ仕事してた頃のオフィスとか、住んでいた社員寮とか、毎日通った駅前の風景とか、脳みその片隅で忘れられていた風景がよみがえり、時間がたつのを完全に忘れて見入ってしまうのがヤバイ。

大学の教養部にいつのまにか超立派な建物が建っていたり、理学部に博物館ができていたり、学生時代のボロアパートが駐車場になっていたり、通った定食屋さんがコンビニになっていたり、学生時代のあんな思い出やこんな思い出がよみがえり、ついでにいつの間にか年を取ってしまった事を実感させられてしまうのが一番ヤバイ。

よくもまぁ、こんなサービスを思いつき、そして実行してしまうもんだ。すごいなgoogle。

Google マップ日本版にも「ストリートビュー」機能--道路に立って街中を見渡せる(CNET Japan 2008/08/05)
 
 
札幌市内の北大や職場の近くを必死に探したけど、残念ながら自分や知人を発見することはできませんでした。……確かにプライバシーとか、いろいろと考えることのある新サービスなんでしょうが、こんな斬新なオモチャを与えられたら、とりあえずワクワクしてしまうのは仕方がないね。
 
 
 
(2008年08月15日 追記)

google ストリートビューの問題点について、ちょっと詳しく考察してみました。こちらもどうぞ。

google以外の誰かに、非公開の住宅写真集をつくられるよりは、はるかにましだ(セキュリティ&コンサドーレ札幌 2008.08.15)
 

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2008.08.05

まじめな市民運動とトンデモ疑似科学は、なぜ親和性が高いのか?

(日本語のおかしなところを修正しました。もともと思いつきを勢いで書いたものなので、論理的でないのはどうしようもないのですが、改めてそのうち書き直しますということで、ご勘弁を。 2008/08/05)
 
全然まとまっていませし、時間がないので全く推敲もしてませんが、単なる素人の思いつきの羅列をダラダラと書いてみます。自分用のメモということで。
 
 
例えば、普通にみんなが食べているあの遺伝子組み換え作物には、健康に対するリスクが無いとは言い切れないんじゃないか……と、一部の人たちが言い出したと仮定しましょう。

しかし、本当に危険なのか? どれくらい危険なのか? 食糧不足と健康のリスクを天秤にかけてもなお危険だといえるのか? などの疑問を「科学的」に判断するのは、とても難しい事がよくあります。倫理の問題がからむ場合は、なおさら。

というか、そもそもなにが科学的に正しいのか、言い換えれば「科学的とは」、なんて問いに対する答えは、哲学的にもひとつではありません。

で、誰が見ても明らかにリスクの方が大きい場合でなければ、一部の人が言い出した程度では、普通は政府は調査には動き出しません。
 
 
 
さて、「科学ってなに?」という問題は、科学哲学屋さんや社会学の人たちが考えてくれていますが、ここではいろいろな立場を乱暴に一直線に並べてみます。

一方の極に、世間や政治から中立な正しい科学が存在するという立場。(ポパーとか)。その正しい科学ってどんな科学なの、という問題はひとまずおいておきます。

もう一方の極に、正しい科学なんて存在しない、何が合理的なのかはすべては社会的に決まるのだ、という極端な相対主義的な立場。(一部の社会学の人たちとか)

その中間に、科学といえども歴史的・社会的な要素を含むけれども、最終的には合理的な営みに違いないという信念の立場。(クーンとかラウダンとか)
 
 
 
さて、どこの国でも同じですが、政府というものは、上にあげた3つの立場の中では中間の立場をとる場合が多いです。(シュレーダフレチェットさんによると、ラウダン的な立場だそうです)

どんな国の政府にしても、今の世の中、科学の合理性を完全に否定する立場に立つのは、まぁ難しいのも当然でしょう。そして、すべての政治を科学だけで決めるわけにはいかないのも、当然かもしれません。

で、この立場に立つと、科学的な絶対的な正しさというものがあるわけではなくなります。何が科学的に正しくて、何が正しくないかは、ある程度社会的に決められるという立場です。すなわち、絶対的に正しい理論を求める事ができればもちろんそれがいいのですが、たとえそれができなくても、現に存在する仮説や理論や信念の中から信頼のおけるものを選択すればいいことになります。
 
 
 
上で挙げた遺伝子組み換え食物の例の場合、普通にみんなが食べている食物なのですから、一応世間では安全だと認められているわけです。これに対して、一部の人々が主張する危険については、検証も証明もされてはいません。

言い換えると、安全か、安全ではないか、のふたつの仮説が存在する中で、前者の仮説は世間一般で信頼されているが、安全ではないとする後者の仮説は(一部の人の主張以外では)信頼されていないわけです。そんで、政府の立場は、神の視点から判断するような、科学的に絶対的な判断基準はないという立場ですから、現に存在するこのどちらかの仮説の中から正しそうな方を選択しなきゃならない。

当然、安全ではないとする仮説については社会的な信頼がなく、逆に安全であるとする仮説は社会的に信頼されているわけで、こちらの方が正しいと結論づけられるわけです。
 
 
 
しかし、政府によるこの論法は、確かに一貫しているのですが、落とし穴があります。

そもそも、安全ではないとする仮説については、具体的な研究がなされていません。政府は、都合の悪いことについては、あえて研究にとりかからないことで、不利な結果を出さないようにしているわけです。証拠が無いことを、無いことの証拠としているのです。

つまり、このような政府の立場に立つと、あるリスクについて研究するかどうかの価値判断の段階で、問題が生じる場合があるわけです。この問題を解決するためには、どんなに政府に都合が悪いことであっても、政府による勝手な価値判断がなされる前に中立的な科学的研究をして、結果を市民に報告した上で、リスクをどう扱うのかは民主主義の手続きで判断するべきだ……と、市民運動家などはよく言います。たしかに、これぞ民主主義の正しいあり方なのかもしれません。
 
 
 
でも、この一見正しい民主主義の論法にも、大きな落とし穴があります。

研究に投入可能な資源の問題。些細なリスクに対するアセスメントは確かに重要ですが、使えるお金も研究者も限られているわけで、すべての事に対して「科学的に正しい答え」を追求することは現実的に不可能です。どこかで取捨選択が必要であり、その価値判断を誰かが政治的な決断を行わなくはなりません(あるいは、研究対象は科学者の好みで決まることも多いでしょう)。この立場の人は、この問題にどうやって答えるのでしょう?
 
 
さらに

上で、「科学ってなに?」という問題に対して、3つの立場があるというお話しをしました。政府の立場は「中間的」な立場です。で、政府のやり方を批判して、民主主義の正しいあり方を求める市民運動家は、「価値中立な科学が存在する」という立場ですね。

しかし、政府のやり方を批判する場合、もうひとつの方法があるのです。「正しい科学なんて存在しない、何が合理的なのかはすべては社会的に決まるのだ」という立場からも、政府を批判できるわけです。科学者になんかまかせないで、政治家の決断とか投票とかでさっさ決めてしまえ、という立場ですね。

問題は、この相対主義的な立場は、きちんとした哲学や社会学とは関係ない、所謂トンデモやニセ科学の連中にも利用されやすいという点です。「正しい科学なんてそもそも存在しない」という主張が「科学が合理的で正しいとは限らない。俺のいうことの方が正しくてもおかしくない」にすり替えられてしまうのです。

ラウダン的な政府の立場は、なんだかんだいっても科学の合理性をみとめているので、価値判断の手続きの中である程度はニセ科学を排除できているのですが、別の立場にたつとそれが難しくなるんですな。

で、正しい市民活動家の「どうして価値中立な立場で研究をしないんだ?」と、ニセ科学屋さんの「科学者なんて信用できない」って、一見、似ているんですよね。
 
 
 
具体的に、上で挙げた遺伝子組み換え食物のお話しの例で考えると、

正しい市民運動家の立場
「安全性について未知の部分が多い。どんなにお金がかかっても、正しい答えを見つけるべき」

トンデモの立場
「今の科学が正しいとは限らない。遺伝子組み換えが安全なわけがないという、私の感覚の方が正しくてもおかしくない。即全面禁止にすべき。」

政府の立場
「現状で、なにも問題はでてないでしょ?」

……もし政府がおかしいという前提にたつ人が、この三者の立場を並べてみれば、市民運動家とトンデモの区別は難しいかもしれないなぁ。
 
 
 
てなわけで、結論というかなんというか。

本来は、正しい市民運動家の立場って、トンデモとは対極にある立場のはずなんです。「価値中立で科学的に正しい答えが存在するはず」vs「既存の科学なんて信用できない」なんですから。

それを、まず「政府憎し」の感情からスタートしてしまうから、進む方向が逆になって、トンデモに取り込まれてしまう。

ダラダラ書いてきましたが、要は、リスクについて考えるとき、自分がどの立場なのか、常に考えて行動しないと、わけがわからなくなるよ、というお話しでした。
 

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2008.08.04

水とお湯と大槻教授とクラークと


世の中では、ムペンバ効果というのが話題らしいですね。なんでも、お湯と水を凍らせたら、お湯の方が先に凍る(場合もある)らしいですよ。

ムペンバ効果って何?(スラッシュドット 2008年08月01日)

ムペンバ効果(ウイキペディア)

本当にお湯の方が水よりも先に凍るのか、もしそうならそれはどんな条件の時なのか、僕にはわからないし実験をデザインする能力もないので、深入りはしませんが。

ひとつの水分子に注目すれば、定常状態から冷やし始めた直後の5度の水と、35度から冷やされて冷やされて5度になった水とで、違いは全くないだろう。必然的に、最終的な合計では後者の方が時間がかかるはずだと思う。

でも、マクロ的にみれば、両者の状態はまったく異なるだろう。対流とか、蒸発とか。条件によっては、後者の方が前者を追い抜いて、速くて凍っても別に不思議では無いような気がするな。
 
 
それはともかく。この件で、かの大槻教授がいろいろ言っているようです。

【ムペンバ効果】(大槻義彦公式ブログ 2008年7月22日)
【ムペンバ効果、再び】(大槻義彦公式ブログ 2008年7月31日)

いかにも大槻教授、って感じですかね。
 
 
さて、知ってる人も多いと思いますが、SF作家アーサー・C・クラークによる3法則というのがあります。

1.高名だが年配の科学者が可能であると言った場合、その主張はほぼ間違いない。また不可能であると言った場合には、その主張はまず間違っている。

2.可能性の限界を測る唯一の方法は、不可能であるとされることまでやってみることである。

3.充分に発達した科学技術は、魔法と見分けが付かない。

クラークの三法則(ウイキペディア)

三番目の法則は超有名ですが、ここで重要なのは第一法則です。

大槻教授は、ムペンバ効果を「実に馬鹿馬鹿もの」と明確に否定しています。したがって、もしクラークの第一法則が正しければ、次のことが言えます。
 
 
大槻教授が「高名だが年配の科学者」に当てはまるのであれば、大槻教授の主張は間違っている。必然的に、ムペンバ効果は存在する。
 
 
……問題は、大槻教授が「高名」「年配」「科学者」このすべての条件を満たすのか否かですが。 うーーーん。

科学と非科学の境界問題って、クラークと大槻教授をきっかけに考えることもできるのね。
 

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2008.08.01

すれ違えない症候群

 
僕は、他人とすれ違うのが苦手だ。

対面から歩いてくる人を、意識してうまく避けることができないのだ。
 
 
もちろん、いつもいつも人とぶつかっているわけではなくて、普段他人を意識しないで歩いているときは、まったく問題がない。僕は基本的にボーーーっとしながらゆっくりダラダラ歩いている人間なので、周りの人が避けてくれるのだろう。


しかし、極たまに急いでいるとき、または通勤ラッシュなどで混雑しているとき、あるいは本屋の通路など狭いところを無理やり通らねばならないとき、たまたま対面から人が歩いてくると、必ず事件がおこる。

おそらく周りの全ての人と同様に、僕は無意識のうちに自分や周りの人の進行方向と速度から、それぞれを等速直線運動だと仮定した上で,未来位置をリアルタイムで計算しながら歩いている……はずだ。

で、もし僕と軌道が交差する人を発見してしまったら、即時に回避行動を開始しなければならない。

相手がまっすぐスタスタと歩いている場合、遠くから回避可能なので問題は生じない。しかし、挙動がまったく読めない相手というのがいるのだ。僕と同じようにのろのろ歩いている人。特に読めないのが、お年寄りとおばさんとガキ。ひょっとしたら、車の免許を持っていない人って、歩いていても挙動が予測しずらいのかもなぁとも思うが、これは確かめようもない。

とにかく、回避行動が決断できなまま、距離はどんどん詰まっていく。右か左か、加速か減速か、ついに最終的な選択を強いられるわけだが、これがことごとく悪い方にころぶ。

一応、相手の挙動とか視線とかを読んだ上で回避しているつもりなのだが、なぜか必ず相手と同じ方向に向かってしまうのだ。

そんなときは、仕方がないので、一旦停止して相手をやり過ごすことが多い。たいていの人は「なんだこいつ?」てな感じで一瞥をくれながら通り過ぎていくのだが、たまにお互い向き合って苦笑しながら去っていく人もいる。僕と同じ種類の人間なのかもしれない。
 
 
すれ違うのが苦手な理由としては、他人の気持ちをくむ能力の不足と優柔不断、おそらくこの二点につきるのだろう。一言でいってしまうと、集団生活の苦手な奴かな。たしかに、普通に歩いている人から見れば、すれ違いざまにキョドキョドしたあげく,自分と同じ方向にホーミングしてきてぶつかりそうになる奴って、あまり仲良くしたくはない人間にみえるかもしれないなぁ、と自己嫌悪におちいったりすることもないことはない。

世の中にどれくらいの割合で「すれ違うのが苦手な人」「人混みで歩けない人」がいるのか知らないし、別に知りたくもないのだが、この種の人間ばかりを沢山集めて狭い道を歩かせたらいったいどうなるのか、それだけは興味があったりする。
 

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