消費者主権と市民主権
この世で一番偉いのは誰かというと、まちがいなく消費者でしょう。
この世の中は、消費者が求める物で溢れています。消費者が求める物しか無い、といってもいいかもしれません。
安い物、健康的な物、心地よい物、そして最近のトレンドは地球環境に優しい物かな? ……とにかく消費者は、何も考えず、他の消費者のことすら考えずに、一方的に欲しい物を求めます。そして、市場はそれに答えます。楽なもんです。消費者が欲しがりそうなものを提供すればいいのですから。
消費者が「安い物が食べたい」と求めたら、嘘の肉や産地を偽装した食品を提供すれば、何も考えずに買ってくれます。消費者自身が「なぜ安いのか」なんて考えることはありませんから、たまに内部告発で捕まる業者がいても、業界全体としてはたいしたリスクではありません。それがもとで国内農業が壊滅して自給率が下がったとしても、なんせ消費者が求めることですから、仕方がありません。
消費者が「安全なものが食べたい」と求め始めたら、無農薬○○とか有機○○とか食わせておけばオーケーです。自然の物の方が健康にヤバイ場合もあるとか、そんな農業は環境負荷も高くなったりするかもなんてことは、どうせ消費者は考えません。消費者は一方的にサービスを求め、他の消費者の事なんて考えず、提供されたサービスをただ消費していればよいのです。
国や自治体が国民に対して提供しているものを「政治サービス」とか「行政サービス」と考えると、この分野でもやっぱり消費者が最強です。これは選挙とか世論とか民主主義という名の市場システムがある限り絶対の原則です。例えば、消費者が「税金は今のままでもっと充実した医療が欲しい」と求めたら、それは政治サービスとして提供されなければなりません。医者達には劣悪な労働環境で24時間働いてもらいましょう。
でも、あたりまえのお話しですが、消費者が強いのは、需要と供給がある一定のバランスを保っている場合だけです。上の例で言えば、政治サービスの分野では消費者が強いのですが、医療サービスの面ではいまやバランスが大きく崩れてしまいました。高齢化と共に増加する医療の需要と比べて、医者の数、すなわち医療サービスの供給は減り続けていますから、消費者の立場はあまり強くはありません。医療サービスは客を選ぶことができます。というか、客を選ばないと医者が過労で死にます。雪崩をうったような最近の地域医療の崩壊は、自分の立場がわかっていない傲慢な消費者と、そんな消費者に媚びる政治サービスのおかげだといえるでしょう。最終的に困るのは、もちろん消費者自身です。
民主主義を正しく運用するためには、主権者である市民は、政治サービスの単なる消費者であってはいけないのです。なんたって主権者なんですから、刹那的に欲しい物を脊髄反射で求めるだけでなくて、その周辺のこともよく考えて、他の主権者と話し合ったうえで、最終的に自分たちが幸せになれるような政治を求めなきゃ。
これは政治サービスの場合だけではなく、食品の提供サービスでも、医療サービスでも同じです。われわれは、サービスを要求し消費するだけの単なる消費者ではなく、民主主義を実践できる市民でなければなりません。
ならば、単なる消費者を市民に成長させるにはどうすればいいかというと、……消費者自らが目を覚ます事は難しそうですねぇ。長期的にも短期的にも教育・啓蒙しかないんだろうな。でも、そんな教育・啓蒙サービスに対する消費者ニーズは存在しないわけで、……どうしたものでしょうねぇ?
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