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2006.07.31

イタコを科学的に研究してなんの役に立つ?

恐山のイタコに癒しの効果がある事が実証されたそうですが、なんの意味があるのでしょうねぇ。

イタコの口寄せには癒し効果(スラッシュドット)
イタコの「口寄せ」に癒やし効果…青森県立保健大調べ(YOMIURI)

「日本三大霊場の一つ「恐山」(青森県むつ市)などで死者の霊魂を呼び寄せるとされるイタコの「口寄せ」に、癒やし効果がある」
「県内の病院に通う慢性疾患患者670人に聞き取り調査した。その結果、35%に当たる232人が口寄せを利用したことがあり、うち30%(69人)が「とても心が癒やされた」と回答。「話を聞いてもらい、落ち着いた」とする人も27%(63人)にのぼるなど、80%近くの人が何らかのプラス効果を得ていた」

……だそうですが。

この調査が科学的なものとして認められるのかどうかは、生データを見ないとなんともいえません。でも、イタコが身近に感じられる青森県内だからこそ、肯定的な結果が出た可能性はあるでしょう。

スラッシュドットのコメントにもありましたが、「死者の霊魂を呼び寄せる」と自称するおばあさんが近所にいたら、私もちょっとイヤです。でも、地の果て恐山だからこそ(北海道民が青森を地の果てと言うのもなんですが)、国から無形民俗文化財として認められ、全国の人からも許容されているのでしょう。私も、せっかくの伝統なんだから、イタコには末永く残って欲しいと思います。
 
 
さて、はなしはちょっとかわって。

この手の神懸かりの土着信仰(?)とカルトとの差はどこにあるのでしょう? そしていったい何を目的としてこんな調査が行われたのでしょう?
 
 
医学的には嘘ばっかりで非科学的きわまりない事を言って被害者の健康に害をなし、場合によっては財産まで巻き上げるカルトの連中は、けっして許されるものではありません。カルトのインチキ教祖が言っている嘘は、科学者達がきちんと非科学性を明らかにすべきです。

一方、イタコが本当に霊を呼び寄せると信じている人は(たぶん)少ないでしょうが、それでも「イタコなんて非科学的だ」と批判する人は(おそらく)いません。ほとんどの人は、科学的ではないとわかっていて、それでもなおイタコに頼っているわけです。科学的根拠など関係なく、イタコは支持されているのです。

悪質カルトは許されないのに、イタコは許される。中間のグレーゾーンに属するカルトもどきもたくさんあるでしょうが、許される許されないの境界線を明確に引ける人はいないでしょう。

だからこそ、イタコに対して無理矢理に科学的な根拠を与えるような中途半端な研究はしない方がいいと思うな。他のカルトの連中が「うちの教祖もイタコと同じで効果がある」てな感じで、科学者の研究結果を利用する可能性があるから。

特に、

「現代医療は患者にリスクを説明し、自己決定を促す傾向にあるが、患者は医師や看護師に『見通しをつけてほしい』と願っている。イタコの口寄せには安心感や前向きに生きる力を与える効果があり、学ぶべき点がある」

……なんてコメントは、つっこみどころ満載だろう。たしかに間違ったことは言ってないのかもしれませんが、こんな言い方なら、どんなカルトでも占いでもなんでも肯定できてしまう。詐欺師の宣伝文句みたいですね。科学者なら、もう少し気をつけてコメントをして欲しい。(占いが科学的でないから許されない、と言ってるわけじゃないですよ)。 

この手の、もともと科学的根拠に基づいてはいない土着の風習について研究したいときには、もうすこし慎重にならないと。

イタコは悪質カルトとは違う。その効果を語るのに、科学的根拠なんて必要ないのだ。
 

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2006.07.30

J2第31節 札幌1-5湘南


コンサドーレ札幌応援日記

2006年07月29日(土)
J2第31節 札幌 1-5 湘南(厚別)
札幌厚別競技場 SS指定席で観戦

守備崩壊! DFとボランチは全員坊主にしてきなさい。

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SOS団と悪の生徒会

最近とにかく忙しくてオタク系のアンテナが低くなってしまい、かなり世間に遅れてしまった私ですが、いまさらながら涼宮ハルヒにはまってしまったので、その感想です。アニメは数話分しか見ていないので、原作の小説八巻です。
 
 
弱小クラブの部員達が、悪の生徒会に廃部をせまられ、部室に立てこもり知恵をしぼって徹底抗戦。

私もそうでしたが、学生時代ぬるい文化系クラブに所属し、放課後は部室に集まり部活と称するただただぬるい時間をダラダラ過ごした経験のある人々にとっては、まさに夢のようなイベントでしょう。私もこんな楽しい学生生活を体験してみたかった。
 
 
てなわけで、この手の事件は多くの学園マンガなどでさんざん扱われてきました。なので、我らがSOS団と悪の生徒会との部室をかけた闘いも、他の小説ならば「今さら悪の生徒会? ちょっとネタ的に陳腐すぎるんじゃないの?」と読者にひかれるはずなんですよ、普通なら。

しかし、そんな陳腐な「悪の生徒会との戦い」のイベントを、陳腐なイベントであることを逆手にとって、それを夢見る主人公の願いがかなってしまうというかたちで、ごくごく自然に消化してしまうのが、このライトノベルの凄いところなんでしょう。なんといっても、この世界は主人公ハルヒが望んだとおりになってしまう世界なんだという強引な設定なんですから、これはもう仕方がないことです。同じ理屈をつかえば、どんな陳腐で嬉し恥ずかしいイベントでも、小説の中で自然に消化してしまえるわけで、実際この小説には、終わらない夏休みとか、孤島でのミステリとか、少年少女が学園生活の中で一度は必ず夢見るけれども、あまりに陳腐で今さら読むのも書くのも恥ずかしいようなイベントが、これでもというくらいてんこ盛りです。主人公をはじめとする登場人物達の魅力はもちろんですが、このあたりがハルヒ人気の秘密なんでしょう。主人公ハルヒの特殊能力と、それの根拠となるちょっとSFチックで哲学的な世界観を思いついた時点で、この作品が全国のオタクに支持されるのは決まっていたわけですな。


SOS団は、これからも古き良き青春のイベントのフルコースをイヤと言うほど楽しんでくれるでしょう。それは、私を初めとする読者の願いでもありますが、おそらく作者の欲求でもあるはずです。思う存分やってください。

どうせなら、突然の豪雨で仕方なく2人でお泊まりドキドキ ってのもやって欲しいなぁ。2人で冬山で遭難して、凍死しないためには裸で暖めあわないと……てなのでもいいや。きっとハルヒも心の底ではそんなベタベタな展開が起こる世界を望んでいるはずですから。
 
涼宮ハルヒの憤慨(アマゾン)

 
ハルヒって、昔の小松左京の某短編が元になってるんじゃないかなぁ、……なんて思っているのは、私だけだろうなぁ。雰囲気が似ているような気がするんだけどなぁ。
 

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2006.07.28

J2第30節 東京V1-2札幌

コンサドーレ札幌応援日記

2006年07月26日(水)
J2第30節 東京V 1-2 札幌(味の素)
ニュース等で結果を知る

やればできるじゃない!

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2006.07.27

なぜドーピングはいけないの?

最近のコンサドーレ選手達のケガの多さを嘆きつつ、ひとつの疑問が湧いてきました。

スポーツ選手は、よい成績を残すため一生懸命練習します。しかし、後先考えずに練習しすぎると、思わぬケガをしてしまう可能性があります。場合によっては、選手生命に関わる大ケガをする場合もあります。練習というものは、どんな場合でも、肉体を損なうリスクを背負っているのです。当然、選手達はこのリスクを承知してます。

では、ドーピングはどうでしょう?

選手達は、薬物が自らの肉体に及ぼす危険性について知らないわけがありません。ドーピングする選手達は、そのようなリスクを承知した上で、それでも成績のためにあえてリスクを犯すわけです。ドーピングが悪とされる大きな理由は、それが肉体に悪影響を与えるからでしょう。しかし、上で述べたとおり、その点では「練習」との本質的な違いはありません。
 
 
であるにもかかわらず、世間での扱いは「ドーピング」と「激しすぎる練習」では天と地ほど違います。

禁止された薬品を服用した選手が好成績を収めても、バレてしまえばメダル剥奪のすえ激しい非難を浴びます。しかし、肉体の限界を超えた非常識なほど激しく危険な練習をあえて行い、その結果めでたくメダルをとった人がいたとして、その直後にバカげた練習のおかげで体を壊したとしても、彼は賞賛されることはあってもメダルを剥奪されることはありません。

この差はどこにあるのでしょう?
 
 
我々は、ドーピングして勝った選手に対して「ズルイ」と感じます。逆に、スポーツ医学の見地から決して許されないほどの練習をこなした選手に対しては、「ズルイ」と思うよりも「無茶しやがって」と感じるのではないでしょうか。この感情の差が、同じリスクを背負っているはずの両者の扱いの差に繋がるんじゃないですかね?

ならば、なぜ我々はドーピングだけ「ズルイ」と感じるのか? 

……なぜなんでしょ? 理屈だけ考えてもさっぱりわからない。 決してドーピングが悪だということに異論があるわけではないのですが。(われわれの生命倫理観の深いところに関係あるのかなぁ?)
 

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2006.07.26

感情がデータ化されるのは思想信条の自由の侵害だよねぇ

今や、監視カメラで人の顔を認識し、それが誰なのか特定するのは、まったく特別なことではありません。

まぁ、我々は人間の顔をみて誰なのか識別できるのですから、人間にできることが機械にできてもおかしくないでしょう。機械の凄いところは、複数の監視カメラを仕掛けて置いて、それぞれのデータを連携させれば、いつどこに誰がいたのかを簡単に検索できるようになってしまうことでしょう。テロ対策とかいろいろ理由はつけられますが、なんにしろイヤな世の中ですねぇ。

たとえばこのへん参照
顔センシング技術 OKAO Vision(OMRON)
 
 
もうひとつ。

我々が人の顔を見たときに行うのは、個人の識別だけではありません。相手の顔の表情を見て、相手がどのような感情なのか、嬉しいのか悲しいのかだいたい見分けることができます。このような感情の判別も、人間ができるのですから機械にできないことではないでしょう。

今はまだ無理みたいですが、あなたがいつどこでどんな感情だったのか、その時の精神状態まですべてデータ化されて記録され、簡単に検索されてしまう世の中がそのうち来ます。これは想像ではなく、間違いなく事実となります、それも近いうちに。

このあたり参照
人の心を読むコンピューターの登場は間近?(科学ニュースあらかると)

 
 
さて、監視カメラによって記録されるデータのうち、「いつどこに居たか」がプライバシーの問題なのは言うまでもありません。監視カメラの問題は、プライバシーと治安のトレードオフの問題であると言えます。

しかし、「どんな感情だったか」あるいは「どんな精神状態だったか」になると、それは単純なプライバシーの問題で収まるのでしょうか? 「あのときは嬉しかった、でもその直後に落ち込んだ」あるいは「機嫌がよかったのは、あの時とあの場所」……てなのがデータ化されて記録され、簡単に検索されるというのは、思想信条の自由を脅かし、民主主義の根幹に関わる事ではありませんかね?

多くの市民が仮面をかぶったり、表情を消す訓練をするような世の中になったら、それはちょっとイヤだなぁ。
 

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2006.07.25

他者の視線とビックブラザーのあいだ

一般のインターネットのユーザが、ウイルスやフィッシング詐欺などの被害者にならないため、もしくは情報漏洩や著作権侵害などで加害者とはならないためには、どうしたらよいのでしょうか?

国による法整備とか、メーカの責任とか、やらねばならない事はいろいろとありますが、中でもユーザー個々人のリテラシー向上が重要なのは言うまでもありません。では、どうすればユーザのリテラシー向上はできるのでしょう?

どうも一般の方々は、インターネットというものに対して匿名性が保たれているという大いなる幻想を抱いているようで、それがリテラシー向上を妨げている原因じゃないかと思ったりします。また、PCを使うときは大抵室内で、周りの人の目を気にするような状況は少ないでしょう。てなわけで、インターネットをするときには、バーチャルでもリアルでも、たとえ何をやってもそれが自分だとは周りの人にはわからない……いわば「旅の恥はかきすて」の心境なのかもしれません。 
 
 
ならば、逆に「常に誰かが見ているかもしれない」と思う状態になれば、モラルは向上するんじゃないですかね、普通の人なら。

ちょっと古いですが、こんな記事がありました。

視線は人をより「正直」にする(科学ニュースあらかると)

自己申告で飲み物の料金を投入する箱を設置し、「花」と「人間の目」のポスターを張り、人々の振る舞いを比較した実験の結果、人々は「目」のポスターがはられた時に正直な金額を支払ったそうです。「人に見られている」という感覚が、人を正直にするらしいですな。
 
 
似たようなお話ですが、社員やインターネット利用のマナーが悪くて困っているネットワーク管理者の方は、「メールもWWW閲覧も全て記録を取得しているぞ。なにかあったら犯人はすぐ分かるぞ、ウイルス感染した奴もすぐ洗い出すぞ」と宣言してみてください。実際に記録を分析する必要はありません。宣言だけでいいです。それだけで、社員のモラルは劇的に改善するはずです。(今どきのまともな大企業なら、全社員分のログを分析していないなんて考えられませんが)

しかし、一般のご家庭ユーザに対してこのような状況をつくるのは、実際にビックブラザー状態だと言われる中国ならともかく、日本では法的にも物理的にも不可能でしょう。たしかに日本でも、警察が令状をとって本気で調べればネット上の匿名性なんて無いも同然ですが、そんな特殊な事例を宣伝して市民を脅かしても、本当の意味でのリテラシー向上につながるかどうかは疑問です。なによりも、そんなやり方は気持ち悪くていやだし。
 
 
それでは、一般ユーザの方々のリテラシー向上のため、ビックブラザー的な監視を行うのではなく、あくまで自然に他人の視線を感じてもらうためには、いったいどうすればいいのですかね? いい方法が思いつけば、インターネットのセキュリティの問題の多くは、今よりはまともになりような気がします。
 
 
で、無い知恵をしぼって具体的な仕組みを考えて見ますと、たとえばディスプレイが数分ごとに鏡になり、自分の顔を映してくれる仕組みはどうかな? 我に返ってマナー違反を思いとどまるかも。 それとも、PCを人型にしていつもユーザの顔を見つめているようにする? ……ろくな考えが浮かびませんが、この点から考えると、PCがしゃべったり、ディスクトップの壁紙がこちらを見つめるかわいい女の子というのは、それなりに意味があることなのかもしれません。ユーザインターフェースの工夫すれば、それなりの効果があるんじゃないですかね。

まちろん、この手の小手先の対策では本当の悪人にはまったく効果はないでしょうが、あくまでも悪気の無い一般ユーザーのモラルを向上させるためということで。 ……ひょっとすると、昔は八百万の神とか妖怪がごく自然に人々の周りにいて、目を光らせていてくれたのかもしれないなぁ、なんて余計なことも考えたりします。
 

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2006.07.23

J2第29節 札幌2-2草津


コンサドーレ札幌応援日記

2006年07月22日(土)
J2第29節 札幌 2-2 草津(厚別)
厚別競技場 SS指定席で観戦

ひどい試合もあったもんだ……で勝ち点1
 
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2006.07.22

涼宮ハルヒとインテリジェントデザイン

世の中には、この世界の全ては聖書に書いてあるとおり神様によって作られた、と真面目に言い張る人がけっこう沢山存在したりします。

彼らは、聖書の記述と、進化論や宇宙論や地球物理などの科学的な知見との違いなんて気にしません。彼らにとって、地球の歴史や生物進化の歴史を示す科学的証拠なんてどうでもいいのです。彼らの中の一部の人が唱える説によると、太古の地層とか、昔の生き物の化石とか、数億年前に発せられたように見える星々の光さえも、過去の記憶までひっくるめて聖書のとおりに6000年前に突然神様が作りあげたのが、いま私たちの住むこの世界なんですから。

科学的には全くバカバカしい説なのですが、彼らは本気でこう考えています。彼らの中にもいろいろな派閥があって、それぞれ言ってる内容が少しづつ違うのですが、このような考えはだいたいまとめて「創造論」といわれます。

参考は、例えばこのへん
創造論(ウイキペディア)

ついでに、宗教的な臭いを小さくして世間から受け入れられやすくするため、「神」や「聖書」の語をあえて使わず、「知的な誰か」によって世界が作られたと言い張る一派も居ます。これは「インテリジェント・デザイン説」と呼ばれ、最近は素朴な創造論よりもこちらの方が多いのかな。まぁ言っている内容は、根本的な部分では上で述べた「創造論」とあまりかわりありません。

インテリジェント・デザイン(ウイキペディア)
 
 
言うまでもないことですが、キリスト教徒の中で創造論を信じているのは一部です。しかし、キリスト教右派とも呼ばれるこのような一派はアメリカでは伝統的にそれなりの勢力をもち、ワシントンにも洒落にならないくらい影響力を行使できたりします。で、もちろん一般の人々(大部分のキリスト教徒もふくめて)や科学者達はこのような考えを容認することはできません。てなわけで、アメリカでは今でも科学者や宗教家を巻き込んだ壮絶な論争が行われているわけです。(普通の日本人の常識からは、ちょっと想像しずらい状況ですが)
 
 
さて、話はまったく変わりますが。

我々の過去の記憶もふくめて世界を創造してしまう超絶的な力といえば、我らが涼宮ハルヒです。誰がなんと言おうと、長門よりもハルヒです。
 
 
……で、ふと思ったのですが。

自ら信じる聖書と神様のため、日々科学者達と苦しく過激なバトルを繰り広げているアメリカの真面目なキリスト教右派、創造論を唱えている連中は、日本からYouTubeに大量にアップされているハルヒの映像をみて何を思うでしょう?

原作の小説ならともかく、子供向けのアニメの中で彼らの思想の根幹をなす「創造論」が普通に語られ、しかも創造主が神様ではなく巨乳でかわいいバニーガール姿の女の子(これだけで、アメリカでは放映できないかも)。

そんなアニメを日本のオタク達がごくごく自然にかつ熱烈に信仰しているのを知った時、彼らはその宗教的な無神経さに対して怒りだすでしょうか? それとも日本の宗教的寛容さを羨ましがるでしょうか? 非常に興味があるところですな。

(この点だけは、日本に生まれてよかったと心から思いますね、私は)
 
 
ハルヒについてはこのへん参照
涼宮ハルヒ(ウイキペディア)
涼宮ハルヒの憂鬱(アマゾン)
 

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2006.07.21

ほげ、foo、Alice

プログラムのサンプルを作って中身を説明したいとき、プログラムの中で使う関数や変数等につける適当な名前が必要になります。また、マニュアルやプレゼンなどで説明するとき、いろんな例として使うための適当な名前(人名など)が必要な場合があります。

プログラムに限らずどんな分野にしろ、このような「例として使う適当な名前」は、文字通り適当なものでいいのですが、できれば覚えやすく、特別の意味が無く、パッと見ただけで架空のサンプル名だとわかる物がいいわけです。意味を感じさせてしまう単語だと、プログラム言語の文法の一部だと誤解する人もいるかもしれないので、適切ではありません。あくまでも「例であることを説明無しに利用できる単語」「意味を持たないという事が広く知られてる単語」が理想ですね。

例えば、日本の契約書などでは、契約に関係する人を指す単語として、「甲」「乙」「丙」……が使われます。また、その他の一般的にたとえ話をする時は、「太郎さん」「花子さん」などの単語が使われることが多いでしょう。

実は、コンピュータ関連業界にも、甲乙丙……に対応するような独自の単語が存在していたりします。で、このような「意味のない名前」は「メタ構文変数」と呼ばれることがあります。

メタ構文変数(ウイキペディア)
 
 
ほげ

日本人がプログラミングすると、なぜか "hoge" または "piyo" の単語を使いたがります。

日本製のプログラムの中身やプログラムのテストパターンを覗くと、hoge、hogehoge、ついでになぜかpiyoなどの単語が大量に見つかるはずです。変数名に困ったら hoge。関数名には hogehoge。ファイルの名前は piyo。テストユーザの名前は hogepiyo。……てな感じで、とにかく hogeかpiyo が使われます。

なぜhogeなのか? いつから使われるようになったのか? これらについては、あまりはっきりしたことはわからないようです。

hoge について由来などを研究したページ
ほげを考えるページ
 
 
foo と bar

英語圏では "foo" と "bar" が普通に使われます。

これはすなわち、foo と bar はコンピュータ関連におけるこの手の単語としてはもっとも古く、また世界中のプログラムの中で使われているということです。地球上のコンピュータの中を調べてみると、おそらく天文学的な数のfooとbarが存在すると思われます。

インターネットの各種標準を定めている文書「RFC」には、foo と bar について解説した物があります。

RFC3092
 
 
Alice, Bob, Carol, Dave, Ellen

主に暗号について研究している人たちの間で使われるのは、Alice, Bob, Carol, Dave, Ellen などです。暗号やセキュリティについての解説をする際に、「AliceがBobに暗号メールを出した」てな感じで使われます。

これらは割と由来がはっきりして、暗号方面の有名な論文で使われたのが最初らしいです。それ以来、どんな教科書でも解説でも、それが暗号方面なら、Alice, Bob, Carol……以外が使われる事は無いんじゃないかな? てなくらい常識になっています。きちんとABC順になっているので、わかりやすいですね。

このへんの由来のわかりやすい解説
暗号プロトコル(@police)
 
 
余談

おそらく、どんな分野にも似たような「例として使われるお約束の単語」があるのでしょう。また、同じ分野でも、言語圏によって使われる単語は異なると思われます。いろいろ調べてみると、背景とする文化との関連が面白いかもしれません。

例えば、医療系や法律系などではいったいどのような単語が使われているのか、ちょっと興味があるところですね。
 

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2006.07.20

セキュリティからみた正論とユーザの利便性

つい最近、マイクロソフトがWindows用のセキュリティツールを無料で提供してくれたのですが、いろいろ問題があってすぐに提供中止になってしまったそうです。私は、ツール自体にはあまり興味がなかったのでダウンロードもしていないのですが(従って、ツール自体の機能について誤解がある可能性もありますが)、この事件は一般の人のセキュリティについていろいろ考えるきっかけになりそうな気がします。
 
 
まずはツールの詳細。

Microsoft、共有PC用の個人情報保護ツール公開(IT Media)
Private Folderでファイルを暗号化して保護する(@it)
手軽に"ないしょのフォルダ"を実現 - Microsoft Private Folder(MYCOM ジャーナル)

MS、「プライベート」フォルダ作成ソフトを公開--機密文書をパスワード保護(CNET Japan 2006/07/11 10:05 )

「Private Folder 1.0は、ユーザーデスクトップに保存され、コンピュータやアカウントを使う第三者からプライベートなデータを守ることを目的としている」

要するに、このPrivate Folder 1.0というツールを利用すると、秘密フォルダを作ることができるようになります。この秘密フォルダは、一度パスワードを設定すると、パスワード入力無しではその中身を見ることはできません、絶対に。

どうやらマイクロソフトとしては、1台のPCを複数ユーザで利用しているご家庭や、PCの盗難や紛失による重要なデータ漏洩を防ぎたい人をターゲットとしたつもりなのでしょう。似たようなツールはいろんなメーカーから出ていますが、なんてたってマイクロソフト製でありさらに無料ですから、期待する人も多かったようです。
 
 
ところが、ほんの数日で提供中止のお知らせが。(私もダウンロードしておけばよかった)

Microsoft Private Folder 1.0の提供を中止へ(スラッシュドット)

マイクロソフト、「Private Folder 1.0」の提供を中止へ--法人顧客からの抗議を受け(CNET Japan)

「Microsoftは法人顧客からの抗議を受け、パスワード保護されたフォルダの作成を可能にするWindowsアドオンソフト「Private Folder 1.0」の提供を中止する」

「公開後すぐ、各社員が自分のデータを暗号化した場合の企業の対応方法について疑問の声があがっていた」

「企業に与える影響は考えなかったのだろうか。すべてのデスクトップをブロックする方法や、ユーザーが必ずファイルをなくすので、そのときのサポート方法など、この製品の情報集めに既に奔走している状況だ」

この記事によると、提供中止の直接のきっかけは法人顧客からの抗議らしいですね。たしかに、企業の情報システム部門の担当者なら、こんなツールは勘弁して欲しいというのが本音でしょう。その気持ちは痛いほど分かります。

まず、社員が勝手にこのツールを利用した場合、本来会社の財産であるPCやデータ(の一部)が、システム部門の管理を離れてしまう。社員が秘密フォルダを何に利用しているのか、会社として把握するのが不可能になってしまう。これは困ったものです。

でも、それを心配するのなら、そもそもPCにそんなツールがインストールできるような環境になっているのが悪い。アクティブディレクトリでも使って、全てのPCをきちんと管理するのが正しい対応でしょう。


もうひとつ。ひょっとするとこちらの方が頭が痛い問題ですが、重要なデータが入った秘密フォルダのパスワードを忘れる社員が大量に発生し、情報システム部門に救済を求めてくるのが目に見えるようです。そして、このツールはパスワードを忘れた場合の救済策はまったくありません。

一方、他メーカによる法人向けの暗号化ツールの場合、個人ユーザのパスワードの他に、情報システム部門が管理するパスワードが存在するものが多かったりします。一種のバックドアです。これにより、PCに弱いバカな重役がパスワードを忘れた場合でも、なんとか救済してやることができるわけです。

企業のOAシステムの運用を司り、社員のヘルプに対応せねばならない情報システム部門とすれば、マイクロソフトのブランドで提供される今回のツールというのは、まさに悪夢でしょう。
 
 
しかし、なんか違和感を感じるのは私だけですかね。パスワードを忘れたらデータを復旧できないというのは、この手のツールの本来の役割を考えれば、別におかしな事ではないんじゃないですかね。どちらかというと、抗議する方がおかしいような気もしないでもないです(上でも言いましたが、抗議する企業ユーザの気持ちは痛いほど分かるんですが)。

部屋のカギを無くしてしまったときの事を考えてみましょう。非常時に備えて郵便受けにマスターキーを入れておくというのもひとつの選択肢ですし、勝手口にはカギをかけないというのも場合によっては有りかもしれません。しかし、今の物騒な世の中でセキュリティ的にもっとも正しいのは、カギを無くしたらドアを壊さないと家に入れない、であるのは明かです。

今回のツールは、あくまでセキュリティ的には正しい動きしかしていません。なのに、それでも企業ユーザから抗議がきました。また、このままツールが提供されていたら、おそらく世界中の個人ユーザからも「パスワードを忘れた、なんとかしてくれ」という悲鳴が発せられたことでしょう。

で、マイクロソフトは、別に間違ったものを作ったわけではないのに、抗議をうけて速攻でツールの提供中止を決定してしまいました。末端のユーザ(主に企業ユーザですが)の反応に敏感な姿勢、大企業とは思えない機動性のよさには、ちょっと感心します。このへんが、世界一の企業になるための秘訣なんでしょう(皮肉じゃありませんよ)。
 
 
しかし、最近の状況をみてちょっと思うことがあるのです。今回のツールのお話ではなく、あくまで一般論になりますが。 ……そろそろセキュリティ関連のものについては「ユーザの利便性」よりも「あるべき姿」が追求される世の中になってもいいんじゃないですかね。

もちろん、何事も程度の問題なのは当たり前ですし、可能なら両立できるのが一番です。セキュリティ的には完璧だけど使い勝手が不便な製品と、その逆のものが店頭に並んでいたら、おそらく後者のものが売れてしまうでしょう。でも、既に市場で独占状態を築いてしまったマイクロソフトなら、あくまで正論で突っ走ることもできそうな気がするんですよね(何をやってもついてくる熱烈な信者のいるアップルも、同様かもしれません)。そして、それは結局消費者の利益にります(たぶん)。

もし可能ならマイクロソフトには、「セキュリティ的にあるべき姿」にあくまでこだわったまま、その上で利便性にもある程度はバランスを取り、Private Folder 2.0を提供して欲しいものです。さらに、ついでにでいいので、windowsやofficeもユーザの利便性を多少犠牲にしてもいいから「あるべき姿」を追求してくれないもんですかね。

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2006.07.19

デジカメ時代になって心霊写真が減った?

最近、TV番組で心霊写真が取り上げられることが少なくなりました。私がこどもの頃は、夏休みになると毎日のように放送されてたような気がするのに。また、心霊写真を取り上げた雑誌も昔より減ったような気がします。実際に数を数たわけではないので、単なる気のせいかもしれませんが。

で、それがいつの頃からか考えてみると、どうもデジカメの普及と銀塩フィルムの衰退の時期に重なるような気がするんですよね。

原因を真面目に考えてみると、やはりデジカメだと二重露光などの撮影ミスが起こりづらいからでしょうか。言い換えれば、「天然の心霊写真」そのものの数が減ってしまったわけですな。

もうひとつ、デジタル技術で誰でも簡単に心霊写真を作れるようになってしまったため、下手に番組で取り上げた写真が後に「実はあれは作り物でした」とでも暴露されかねない、てな事をTV局が恐れているのかもしれません。実際、TVや雑誌の企画で、作り物の心霊写真を見抜けずに恥をかいた霊能力者はたくさんいますし。 
 
 
ちょっと話はかわりますが、「デジカメ時代になって心霊写真が減ったねぇ」てな話を知人としていたところ、どうやら真性のオカルト人だったらしく、「CCDは銀塩フィルムよりも反応できる波長の幅が狭い。CCDには霊が発する波長が映らないだけ」と真面目に解説されて驚いたことがあります。こんな説明、よく思いつくもんだ。あと、この手の人が思いつきそうな理由としては、「霊の部分の画像情報はJPEGフォーマットでは圧縮されてしまう」とか「CCDの画素における量子効果が霊の次元とは……」とかでしょうか。この手の、科学では解明できていない問題を、言葉だけ科学的っぽいものを使い、一見科学的であるかのように嘘っぱちの説明して安心しているえせオカルト野郎は大嫌いなんですが、このお話の本質はそこではないのでこのへんで止めておきましょう。
 
 
霊が実在するかしないかは問題ではないのです。というか、決着がつかないほうがロマンがあっていいんじゃないかなと思います。問題は、IT技術の発達が「心霊写真」という由緒正しいオカルト文化を絶滅寸前まで追い込んでしまったという事です。これはちょっと寂しいですね。ゆゆしき問題かもしれません。


ならば逆に、ITならではのオカルトが誕生してもいいと思うのですが、今のところめぼしいものはありません。せいぜい、昔ながらの不幸の手紙をメールや携帯に置き換えた程度です。

ビデオが一般的になってから「リング」が発表されるまで十数年かかったとすると、そろそろ携帯ならではのネタを使った本当に怖い怪談が出てきてもいい頃でしょうか。そして、インターネットやデジカメがオカルトのネタになるのは、あと数年後くらいかな。

読後、しばらくは怖くてPCのスイッチが入れられなくなるような、本当に怖い話が読みたい!

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2006.07.17

J2第28節 鳥栖4-0札幌


コンサドーレ札幌応援日記

2006年07月16日(日)
J2第28節 鳥栖 4-0 札幌(鳥栖)
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ちょっと強くなったかな、と思った途端にこれかい!

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マッドサイエンティストについていろいろ

私は若い頃「マッドサイエンティスト」にあこがれ、異端の生物学者を目指していて時期がありました。既存の科学の枠を越え、人類を新しい境地に導く異端の科学者、……かっこいい。しかし、ついに希望は叶わず、毒にも薬にもならない平凡で善良(?)な学生で研究生活を終えてしまいました。いったいどうすれば「マッドサイエンティスト」になることができるのでしょう? 
 
 
評論家とか文筆家になりたい場合、実力や稼ぎはまったく関係なく、自分でそう宣言さえすればいいわけです。実際「自称○○評論家」なぞ、世の中には掃いて捨てるほどいます。マッドサイエンティストも同様でしょうか。
 
マッドサイエンティストという言葉には、歪んだ思想・信念、あるいは実際の行為に対する侮蔑の意味が込められているのは確かですが、同時に秘めた実力への尊敬の意味が込められているわけです。ですから、「自称マッドサイエンティスト」というのは、あまりかっこいいものではありません。そう言えば、死神博士成原博士真田さんも、みんな自分で自分の事をマッドサイエンチストと名乗ったことはありません。やはり、マッドサイエンティストは、他人からそう呼称されて初めてマッドサイエンティストになれるのでしょう。これは、ハッカーは他人からハッカーと呼ばれて初めてハッカーとなるのと同じですね。
 
 
 
一般的なマッドサイエンティストの定義ですが、ウィキペディアによると「狂える、もしくは少なくとも常軌を逸したところのある科学者のこと」だそうです。

マッドサイエンティスト(ウィキペディア)

「常軌を逸したところのある科学者」程度の人物なら、実際に私の知り合いにも沢山いますが、彼らをもって「マッドサイエンティスト」と呼ぶのは、私のSFオタク魂が許しません。

他に適切な定義は無いかとググってみたのですが、日本語で検索する限りどうもはっきりしません。少なくとも文部科学省関連や他の公式な機関の文書中には、マッドサイエンティストの語は存在しないようです。世間から似たような意味で使われる事の多い「ハッカー」の語が、JISできちんと定義されている(?)のとは対照的ですな。

ISOとJISによる「ハッカー」の正式な定義(妖精現実 フェアリアル)

日本の科学技術のブレークスルーのため、第4次科学技術基本計画ではマッドサイエンティストの定義を行い、さらにその育成方法について言及すべきだと思いますよ、私は。
 
 
 
さて、マッドサイエンティストといえば、追放された学会への復讐を心に誓っているのがお約束です。「私は学会に復讐してやるんだぁ!」てな感じで。

実際に「学会から追放」などということが起こり得るのでしょうか? 大抵の学会には倫理規定があり、その中では何らかの形での除名に触れられている事が多いと思います(実際に調べたわけではありませんが)。しかし、実際問題として、明確に法を犯した場合はともかく、「歪んだ信念」が理由で学会を追放されるのは、なかなか難しいだろうなぁ。科学者のしての信条の自由は、そう簡単に侵すことはできないでしょうし。学会としても、裁判で面倒なことになるのはイヤでしょう。(職能団体的な性格の学会ではよくあることらしいですが。特に医療系の学会とか)。


実は、私はとある学会を除名された経験があります。あれは修士を終了して就職してからしばらくたった頃、ふと開いた学会誌に掲載されている私の名前と「除名」の文字を見た時はたまげました。除名の理由はもちろん「学会費滞納のため」。卒業してから金を払うのをすっかり忘れていたんですね。 とりあえず、マッドサイエンティストの第一歩として、追放された学会に復讐を誓う資格だけはあるかもしれません(自業自得ですが)。

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2006.07.16

テラフォーミングとカルネアデス

超光速の宇宙船が発明された時代。

母なる星は、無分別な開発により資源が食い尽くされ、とめどもなく垂れ流される毒物により荒廃してしまった。社会の面倒を一気に解決するためには、過剰な人口を宇宙植民地に移民させるしかないと思われた。

しかし、光速の壁を越え、星ひとつ破壊するだけの技術を得ても、人々の前に広がる宇宙はなお広大であった。快適に暮らせる環境の植民星など、簡単に発見する事ができるはずもない。人々の焦りと落胆の度合いに比例して、あらゆる社会システムが疲弊していく。そして、彗星のごとく現れた有能な独裁者に、母星の未来が託された。

無人探査機がその星を見つけたのは、単なる偶然である。数万光年離れた隣の銀河の片隅にある平凡な恒星系を訪れた探査機は、広い宇宙に無数に放たれた他の同型機と同様、その成果はほとんど期待されてはいなかった。しかし、宇宙の神は人々を見捨ててはいなかった。恒星を回る惑星のひとつが、いくつかの条件付きながらも移住可能であるとの知らせは、人々に歓喜とともに受け入れられた。独裁者は即座に移住を決断、短期間のうちに具体的な計画を実行にうつすことで、自らの有能さを人々に示した。移住を開始するにあたり解決すべき問題は3つ。母星から数万光年という果てしない距離、テラフォーミング技術を用い惑星の大気を改造する必要性があること、そして惑星には既に知的生物が存在していること。
 
 
前進基地の司令官は、作業用宇宙船に曳航され本来の軌道から離され加速されつつある小惑星をモニター越しに眺めていた。彼が着任して以来、この作業が行われたのは既に数百回におよぶ。今回の小惑星もこれまでのものと同様、数日後には移住先の惑星軌道に達し、惑星表面に落着するはずだ。そして、小惑星が内包する物質が大気中にまき散らかされ、さらに衝突による莫大なエネルギーの効果により、惑星の表面は我らが住みやすい環境に改変されていくのだ。

司令官は、惑星の先住知的生物の事を思い、心の奥を痛めた。惑星の重力圏を突破するのが精一杯の科学力しかもたない彼らは、我らの計画に対して絶望的な抵抗を未だに続けている。しかし、今や彼らは滅びつつある。我らのテラフォーミング計画のため、彼らの星は彼らが住めない星になりつつあるのだ。全ての計画はあと一年で完了する。その時、あの勇敢な先住種族は、この宇宙から絶滅してしまうだろう。

「仕方がない」

そうしなければ我々が滅んでしまう。もし、我らの母星が未だに共和制であったなら、この計画は人道的な見地から決して実行される事はなかっただろう。すべてはあの有能な独裁者の命令であり、自分は任務に従っているだけなのだ。そう思わなければ、良心の呵責に耐えられそうもない。軍人として常に勇者たらんと心がけてきた司令官は、自分の心に言い聞かせた。
 
 
時に西暦2199年、地球は謎の星ガミラスからの侵略を受け、遊星爆弾による無差別攻撃に晒されていた。人類絶滅まであと1年。
 
 
……会社の若い衆が「宇宙戦艦ヤマトなんて知らない」とか抜かしやがったので、いろいろ説明してやったわけです。で、ヤマトのどこが素晴らしいのか考えているうちに、いろいろ妄想してしまったわけです。

ガミラスが地球を発見してからヤマトが発進するまでの物語って、想像してみると結構おもしろそうな気がしますね。デスラー政権誕生秘話とか、ガミラスの探査機と地球人のファーストコンタクトの様子とか、デスラーとスターシアの確執とか(恋愛でもいい)。

ヤマト以前の地球防衛軍も、たまにはガミラス艦隊に勝利していたかもしれません。なんたって、ガミラスは本星からの距離がありすぎで、補給線がつらい。例えば、土星の輪の中で待ち伏せしての核ミサイル乱れ撃ち作戦とか、有効なんじゃないかな。それでも、圧倒的な科学力の差の前に、大局的には敗北をかさね、やがてじり貧になっていくわけですな。艦隊の温存か、それとも決戦を挑むのか、絶望的な状況の中で揺れる司令部。そして開始される地球脱出作戦。 ……架空戦記風のゲームにでもすれば、かなりおもしろそうだけどなぁ。

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2006.07.15

本を読む時間

本を読む時間というものがこれほど貴重なものだと分かったのは、世間から青年とよばれる時期を過ぎてからだ。今になって若いうちにやっておけば良かったと後悔することは山ほどあるが、読書はその中でもかなり切実な部類に入る。

特に最近は、読まなきゃならない本や文献が大量にあるにも関わらず、ゆっくり読む時間がほとんど無い。幸いにして会社の仕事はそれほど忙しくは無いのだが、まさか勤務時間中に自分の席で堂々と関係ないことをするわけにもいかず。せめてネット上の情報なら、仕事しているふりをしながらPCで読めるのだが。

会社が終わってから大学に行っても、それほど時間があるわけじゃない。家に帰っても、飯や風呂や犬の散歩で使える時間は細切れ。

何よりも、すぐに眼が疲れちゃって、昔のように長時間集中できないのがつらい。(実はこれが一番深刻な問題だったりする)
 
 
いつでもどこでも利用でき、さらに眼にも優しい明るさで、拡大縮小自由な電子ブックでも実用化してくれないもんかね。 

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2006.07.13

J2第27節 札幌2-1柏


コンサドーレ札幌応援日記

2006年07月12日(水)
J2第27節 札幌 2-1 柏(厚別)
厚別競技場 SS指定席で観戦

こんな勝ち方できるんだ。J2優勝の2000年を彷彿させる勝利。これは、ひょっとして……いけるかも?
 
 
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2006.07.11

ニフティのメンテのため3日間ほど更新できません

ここ数日、このブログの管理画面の動きが遅くて遅くて、ひとつの記事をアップするのにえらい時間がかかり、正直言って使い物にならない状態が続いています。(ココログって、記事を閲覧するときの速度はそれなりなんだけどねぇ)

この困った状況を改善すべく、ついにニフティさんが重い腰をあげたそうで、システムのメンテナンスを実施するそうですよ。

ココログメンテナンス実施日時決定のお知らせ(【特設】ココログレスポンス問題お知らせブログ 2006/07/07)

日頃よりココログをご利用いただき誠にありがとうございます。

2006年7月11日(火)から実施されるココログメンテナンスの日時について下記の通り決定しました。

2006年7月11日(火)14:00~7月13日(木)14:00の約48時間

てなわけで、記事の閲覧は問題ないそうですが、この3日間ほど新しい記事をアップできなくなります。こんなサイトをわざわざ見に来ていただいている数少ない貴重な読者の方々には、ホント申し訳ありません。運良くニフティさんの作業が成功すれば、木曜日頃から更新が再開できるでしょう。
 
 
それにしても、なんと二日間かけてのメンテですか。大幅なシステム更新ですな。しかもシステムを動かしながら。失敗は許されませんよ。

ニフティの運用要員の方々は、リハーサルもすませ今頃は緊張の極みでしょうか。私もインターネット関連サービスのシステムをいじっていた事ががあるので、この手の作業が非常に厄介であることは重々承知してはいます。また、ニフティさんには、パソコン通信時代からのおつきあいと言うことで、愛着もあります。ですが、それでも金を払ってサービスを利用している客の立場としては、一言いわずにはいられません。

「失敗するなよ! これで状況が改善しないようだと別会社に乗り換える……かもよ」

頼むよ、ホント。


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温泉日記「大雪高原温泉」

家族サービスということで(本当は自分が行きたかった)温泉にいってきましたよ。その名も「大雪高原温泉」です。

層雲峡から三国峠に行く手前、国道から未舗装のダートに突入し狭い道を10Kmほど走った先に、その温泉はあります。いまだ残雪がまぶしい山々をバックにたたずむ一軒宿は、その外見だけでも大雪山の雰囲気満点。標高は1,240m、澄んだ空気と湧き水、鳥の声、そして隣にはヒグマ情報センター。ここは大雪山系への登山口です。

宿泊客も日帰り入浴も、その多くがそれなりの準備をした登山やピクニック目的の人みたいですが、私たちのように温泉目当てのぬるい観光客でも十分楽しめます。ご飯は山の幸がめいっぱい、そしてなによりも風呂がいい。露天風呂の開放感(男女風呂とも)は本当にすばらしい。これぞ山の中の温泉宿の醍醐味。私がいった日はたまたま曇っていたのですが、一緒に入っていた登山客のおっさんによると、晴れた夜の満天の星空はまさに圧巻なのだそうです。残念!

TVはない、携帯も通じない、他の登山客は暗くなったらすぐ寝てしまう、というわけで、夜は何もする事がないのですが、風呂入ってのんびりとしたい人にはぜひお勧め。ただ、登山客は朝が早いので、夜が明けたら宿がざわざわし始めます。大雪縦走を目指しているというおばさん集団のツアー客は、朝の3時頃には出ていったようです。また、早朝から駐車場には続々車が入ってきます。……登山をやってる中高年が、世の中にこんなにたくさん居るとは、全く知らなかった。

私は山に関しては全くの素人なんですが、今度来たときには沼めぐり(宿から往復3時間程度だそうです)くらいチャレンジしてみようかな。紅葉のころにまた来たいなぁ。すごい混んでるらしいけど。

大雪高原山荘
 

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2006.07.10

J2第26節 札幌3-1愛媛


コンサドーレ札幌応援日記

2006年07月08日(土)
J2第26節 札幌 3-1 愛媛(札幌ドーム)
ニュース等で結果を知る

連敗はしない!

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2006.07.08

マリネラ王国式「サバイバルロッタリー」


仮に、重病な患者がふたり居たとします。ふたりとも末期的で、このまま放っておくと確実に死んでしまいます。しかし、ひとりは心臓を、もうひとりは肺を、それぞれ他人から移植してもらえれば助かるとします。

この場合、ヒトとして正しい行いとは、いったいなんでしょう?

例えばくじ引きで犠牲になる方を決定し、もう一方に臓器を与えれば、少なくともひとりは助かります。これは、このまま放っておいてふたりとも死ぬよりも、おそらくは正しいことだと言える……かな?
 
 
さらに、もうひとり健康な人を入れて、3人の場合を考えます。

ここで、3人目の健康な人に犠牲になってもらいましょうか。すると、この不幸な犠牲者から肺と心臓をもらった瀕死のふたりは、幸運にも生きながらえることができるはずです。3人中2人が確実に死ぬはずが、1人の犠牲ですんだわけです。人の命は地球よりも重いそうですが、3人の命の重さが等しいと考えるのなら、2人死ぬより1人死ぬ方がマシなはずです。健康な人の命はもちろん大事ですが、病人の命だって同じように大事です。この策に対して、感情的なもの抜き反論するには、どうしたらよいでしょう?
 
 
お話をもっと広げます。

日本国民全員がクジを引きます。例えば一日に1人づつ当選者を決めて、問答無用でその人の臓器を必要な人に分け与えるとします。臓器移植の技術は日進月歩ですから、おそらくクジの犠牲者の数よりも、それにより救われる人の数の方が遙かに多いでしょう。

仮に、クジには一切の不正がなく、救う人の選択も適切で、移植技術が完璧であるとした場合、この国民総くじ引き制には問題があるでしょうか? 一日1人というと、交通事故や自殺による死者よりも遙かに少ない数ですから、身の回りの人が当選する確率はほとんどありません。また、くじ引きには不健康な人も平等に参加してもらいますので、健康な人だけが一方的に不利ではありません(老人や瀕死の人が当選した場合は、使える臓器も少ないでしょうが、それは仕方がないとします)。

純粋に最大多数の最大幸福を求めた場合、この理屈に対して、不合理な感情ではなく、あくまで論理的に反対する術はあるでしょうか?
 
 
世の中の倫理学者達は、実際にこんな問題を自問自答し、激しく悩んでいるそうです。

臓器くじ(ウイキペディア)

今の一般的な庶民感覚からすると、上述したくじ引き制度はとにかく感情のレベルで拒否されるべきものでしょう。しかし、感情なんてものは理屈では割り切れないものであり、だからこそ時代によって気まぐれに大きくかわってもおかしくありません。あと数十年も経てば、世間の常識が論理的に正しいものになっているかもしれませんな。

私はこんな世の中は嫌なんですが、少なくとも論理的には否定できません。だれか論破してくれ!
 
 
 
しつこいようですが、もうちょっとだけ続けます。

ひょっとして、上のくじ引き制度に嫌悪感を感じるのは、現在は健康(移植を必要としない)であるのにもかかわらず、強制的にくじ引きに参加させられる理不尽さ故かもしれません。ならば、くじ引きの方法を工夫してみましょう。
 
 
かのパタリロ国王に統治される常春の国マリネラ王国では、恐ろしい宝くじが販売されています。(かなり昔に読んだマンガなので、記憶違いがあるかも)

傑作少女マンガ「パタリロ」については、このへん参照。
パタリロ!(ウイキペディア)

通常の宝くじはお金を払って購入し、当選すると大金が返ってくるわけですが、マリネラの宝くじは逆です。宝くじを購入するといくらかのお金がもらえます(一万円くらいだったかな?)。しかし、当選してしまった人は、この世から抹殺されてしまいます(そこはギャグマンガですから、そんなに深刻なオチではなかったような記憶がありますが)。

日本でも、臓器移植のため、この逆宝くじを採用するのはどうでしょうか?

不幸な当選者の臓器を利用しましょう。当選確率を今の日本の宝くじと同じくらいとすると、滅多にあたることはありませんから、結構みんな気軽に購入するようになるかもしれません。クジのお金は健康保険料からだしたり、移植を必要とする人達のカンパという手もありますな。クジを購入すればお小遣いももらえるし、移植用の臓器はたっぷり供給され、これにより助かる人も多いでしょう。全ての国民が万々歳です。

うーーん、ブラック。さすがパタリロ。
 

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2006.07.07

これからの10年間をどうすごすか

僕は最近、もの忘れがひどい。いつのまにこんなに年をとったのだろう? 若い頃は、もう少し頭がはっきりしていたような気がする。


今日は七夕だ。もし、神様が僕の前に現れて、「おまえは正直者だ。願いをかなえてやろう」とか言われたら、僕はなにをお願いするだろう?

やっぱり、「10年前に戻してほしい」だろうか。別に5年でも20年でもいいのだが、10年くらい前までさかのぼれば、なんとなく人生をやり直せそうな気がするな。

そう、こんなに清く正しく生きている僕が、こんなに不幸なのはどう考えても不公平だ。こんなに真剣に「10年前に戻してほしい」と願っているのだから、神様でも悪魔でも願いを聞いてくれないわけがない。 神様、どうせ願いを聞いてくれるのなら、早く現れてくれ!
 
 
ただ、ぐーたらな僕のことだから、単純に昔に戻っただけでは、何度繰り返しても同じ人生を送ってしまうだろう。やはり「今の記憶を残したまま」が絶対条件として必要だ。未来の記憶を持った10年前(1996年)の私なら、さすがにもう少しましな人生を送れるんじゃないかな?

でもなぁ、これだけ物忘れが激しいと、せっかく神様が10年前に戻してくれても、すぐに「未来の記憶」を忘れてしまい、やっぱり同じ人生を送ってしまいそうな気もするなぁ。
 
 
まてよ。

神様が現れてくれるのは、今(2006年)とは限らないぞ。もしかしたら10年後かもしれない。きっとそうだ。神様は僕をじらしてるだけなんだ。

今ここにいる僕は、実は未来(2016年)で神様に会い、その時「10年前に戻りたい」と願ったため、未来から来た僕だったりするかもしれないぞ。 で、物忘れの激しい僕は、自分が未来人であることを忘れているだけだなんだ。 これからの10年間は、二回目の経験になるんだ。

未来の記憶さえ取り戻せば、これからの10年間で大儲けできるかもしれない。せっかく10年後の神様が10年前に戻してくれたのに、……どうして僕は忘れてしまったんだ!
 
 
せめて、未来の自分がやり直したいと思った10年間を、これからいい方向に修正してやろう。ちょっとは努力してやろう。 10年後にまた後悔しないように。
 
 
(サイコなオカルト野郎が主人公で、「ちょっといい話」をつくってみたかったんだけど、……才能がないね。 2chのとあるコピペがもとになってます)

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2006.07.06

「コンセントでインターネット」高速電力線通信の問題

ご家庭のコンセントでインターネットできるようにしよう! という計画が、家電メーカーとか総務省とか電力会社とかで推進されています。でも、便利なだけでなく、いろいろ問題があるようですよ。
 
 
まずは背景についてちょっと説明。

この「高速電力線通信(PLC)」が一般的になると、パソコンだけでなく、TVもビデオも冷蔵庫も電子レンジも、とにかくコンセントに差し込むだけでインターネットに繋がってしまう世の中になるらしいです。夢のような世界ですな。

ご本尊のサイト
PLC-J
ウイキペディアによる説明やリンク集
電力線搬送通信(ウイキペディア)
 
 
特に松下さんを中心とした国産家電メーカーが非常に熱心に推進しています。たぶん、世界に先駆けてハード的に標準を作ってしまう事によりこの世界の覇権を狙っているのでしょう。メーカーとしては当然の姿勢ですな。また、ぐずぐずしていると、マイクロソフトあたりに家電ネットワークOSを握られてしまうという危機感もあるかもしれません。

松下さんなどの業界団体のニュースとか
松下電器産業株式会社、三菱電機株式会社、ソニー株式会社は高速電力線通信(PLC)を基盤としたホームネットワークの普及を目指し相互接続可能な仕様を確立するためのアライアンス設立で合意(松下電器産業株式会社他 2005年1月6日)
松下、日本国内向けのHD-PLC対応機器を参考出展(INTERNET Watch)


しかし、ご家庭内に張り巡らされた100Vの電灯線は、元々高速通信を行うためのものではありませんので、もちろんシールドの類はまったく為されていません。こんな電線に無理矢理高周波を流して高速通信をしようというのですから、大量の電波がそこら中から漏れてきます。この漏れてくる電波によって、電波天文学やアマチュア無線、航空無線、短波ラジオ等など、他の電波を利用しているユーザへ悪影響が心配されています。

反対派関連
最終局面を迎えた電力線通信・実用化「再」論争の真実】(4)「学術研究の妨げになる」(国立天文台・近田義広教授)(IT Pro)
高速電力線搬送通信(PLC)は短波放送受信を死滅させる
 
 
そのため、総務省を中心として審議されている電灯線と家電を接続するモデムの規格は、もうかなり長い間審議されているにもかかわらず、未だに揉めに揉めているらしいですよ。

もっとも最近(?)のニュース
電力線通信の規制値は異例の見直し,速度は50%低下の懸念も(IT Pro)
「高速電力線搬送通信設備に係る許容値及び測定法」について答申(総務省 平成18年6月29日)
 
 
 
さて、ここから本題。

ご家庭のどの部屋でもPCをコンセントに差し込んだだけでインターネットができたり、家電同士が簡単にネットワークに繋がることは、そんなに便利なことなんですかね。無線LANも一般的になってきた今となっては、正直言ってあまりメリットを感じられません。そんなわけで電波漏れの問題がさかんに議論されているわけです。しかし、電力線通信のもっともイヤな点は、実は電波漏れよりもセキュリティの問題じゃないのかな、と私には思われます。

言うまでもなく、家電はコンセントに繋がなくては動きません。PLCに対応した家電が一般的になると、家電をコンセントに繋ぐと自動的にネットワークに繋がってしまいます。もちろんネットワークを切る設定もできるでしょう。しかし、あくまでメーカーが想定している利用者は、技術的にはど素人です。せっかくネットワーク対応を謳う高級家電を買ってくれたユーザの期待に答えるためも、家電メーカーとしてはデフォルト設定を自動的にネットワーク接続にする可能性が大きいですな。

で、家電に搭載されるOSやネットワーク通信のプロトコルが何になるのかは知りませんが、どんなものでも絶対に脆弱性はあります。そして、ネットワークで繋がるものは、必ずハッキングされ、そのうちウイルスも作られます。

ハッキングにしろウイルスにしろ、家電になにかあったときの被害は、PCよりもよっぽど深刻です。ビデオの録画予約が狂わされたくらいなら笑い話ですが、冷蔵庫内の温度が知らないうちに上がっていたら、かなり困ります。クッキングヒーターに勝手にスイッチが入ったり、ホームセキュリティ関連機器が狂わされたりしたら、洒落になりません。

パソコンでさえ、未だにウイルス対策ソフトを利用しない、もちろんアップデートもしない、セキュリティに全く興味がないユーザが多いのに、家電のセキュリティを気にしてくれるご家庭ユーザがいるんですかね? そもそも、家電OSのアップデートは、どのような仕組みで行われるんでしょう?

たとえばこのへんが参考になる?
ネット家電もウイルス対策を(スラッシュドット)

てなわけで、電力線通信については、電波漏れの問題だけではなく、知らないうちに家電がネットワークに接続されてしまう事によるセキュリティの問題についても、無視はできないわけです。この手のことは、あまり急ぐとろくな事にならないような気がするので、これからみんなで考えて、きちんとひとうひとつ解決していって欲しいものです。

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2006.07.05

実在の人物名をパスワードに使ってはいけない


以下妄想です。
 
 
トゥルルルルル

「はい、○○システム株式会社です」

「もしもし、△△だけど、××ちゃん?」

「あっ△△先輩、出張先からですか?」

「そう、いま客先なんだけど、大事なファイル忘れちゃって。悪いんだけど、僕のPC起動してメールで送ってくれる? 大至急!」

「いいですよ。パスワード教えてください」

「えっ! いや、それは、ちょっと。オフィスに誰か他の人いない?」

「私ひとりです。大丈夫ですよ、メールで送るくらい私にもできます。パスワードも内緒にしておきますから。急ぐんでしょ?」

「そ……そう。 じゃ今からパスワードを一文字づつ言うから、一文字づつ入力して。メモしちゃダメだよ」

「はい、まかせてください」

「一文字目は……」「はい」「二文字目は……」「はい」……

「先輩、パスワードが違いますって言ってます。メモってからまとめて打ちますから、もう一度言ってください」

「だめ! メモはダメ。一文字づつ言うから、もう一度おねがい」

「はい」

「一文字目は……、二文字目は……、三文字目……」

「先輩?」

「ん?」

「このパスワード、私のフルネーム……?」

「……うん」


……てな事件が起きると困るので、パスワードに人名をつかうのはやめましょう。

身近にある安易なパスワード(スラッシュドット)
 

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2006.07.04

研究費不正受給に関する研究者の当事者意識


10年ほど昔のことになるでしょうか。北海道庁のカラ出張が問題になったとき、当時加入していたパソコン通信の会議室で、道職員の方と意見を交換したことがあります。

実際に当時の道庁の現場を知っている方の言い分を一言で要約すると

「予算の手続きが非常に煩雑で、備品を買うにも苦労する」
「従って、カラ出張等による予算のプールは必要悪である」

てな感じで、まったく罪悪感をもっていないのが印象に残っています。

お役所のやることですから、確かに融通はきかないのでしょう。でも、そんな事は役所の中の事情であって、納税者から見れば全く関係ないことです。融通がきかないのなら、役場の中の人がそれを改善する努力をすればいい。なのに、まるで他人事のように愚痴をたれる無能さにあきれました。もっとも腹立たしかったのは、自分で改善の努力もしなくせに、被害者面するその無神経さですね。
 
 
さて、最近巷で話題の研究費不正受給の問題です。

私は、科学技術政策や大学の実態についてあまり建設的な事をいえるほど基本的な知識はありませんが、一社会人としての立場から研究者達に言いたいことを。
 
 
今のところ、今回のスキャンダルについて、少なくともblogなどネット上では研究者自身による活発な議論は未だおこなわれてはいないようです(私が知らないだけかも)。しかし、今後事件の全容が明らかになるにつれて、研究者コミュニティに対する有形無形の圧力が高まることは必至です。

今回の件に対する一般市民の関心は、あまり高くはないようです。文部科学省も大学も同じ穴のムジナであり、その中でのいざこざに過ぎないと思われているのかもしれません。だからこそ、よりよい予算制度創設のための建設的な意見を、研究者自身が積極的に発表するべきです。このまま放っておくと、自分たちの予算がどんどん使いづらいものになっていく可能性が高いですから。

そして、その際に決して忘れてはいけないのは、現在の予算が使いづらい制度になっているのは研究者自身にも責任がある……と、一般市民は認識しているのだということです。自分たちこそ当事者であり、決して被害者ではないのだ、この事を常に意識した上で意見を言わないと、一般の市民を味方につけることはできませんよ。
 
 
 
(……そういえば、私も一応理学部の大学院に籍を置く学生の端くれでした。といっても、まだ入学3ヶ月で大学の右も左も分からぬ身。一週間のうち会社員をしている時間の方が圧倒的に長いので、今のところあくまで一社会人としての立場からの意見ということで)


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2006.07.03

デート中お腹が痛くなったときどうするか


どうでもいいことですが、私は非常に腸が弱い人間です。幼い頃から、いつかなる場合でも、とにかくのべつまくなしにトイレに行きたくなってしまうため、若い頃にはいろいろつらい思いをしたものです。

小学校のころから学校でトイレに行くことには特に抵抗は無く、この点に関してはそれほど苦労はありませんでした。(今の小学生はトイレ行きにくいてな噂を聞きますが)

問題は、それなりのお年頃になり、女の子とデートなんぞをするようになってからですね。特に、まだ深い仲になっていない、プラトニックなおつきあいの頃は、何もかも大変。
 
 
お茶しているとき

いかに短時間でトイレから帰ってくるかがポイント。限界までガマンした後、トイレに飛び込み一気に出す。ガマンしている間、きょろきょろしたり、冷や汗かいたり、あきらかに挙動不審になってしまうのに注意。
 
 
映画を見ているとき

熱中してしまうような面白い映画の場合、多少時間がかかっても彼女が気にすることはあまりないでしょう(……と思っているのは本人だけかもしれないが)。こーゆー体質の人間にとって、映画はお勧めのデートコースです。
 
 
ご飯食べてるとき

胃と直腸の神経が直結している私のような人間にとって、食事中というのはトイレに行きたくなる可能性が高く、しかも小のふりしてトイレに行くのも難しい、いわば最も危険な局面です。「胃に食物を入れても、腸の動きとは関係ないはずだ!」と、自分自身に言い聞かせながら、一心に食え。
 
 
彼女の部屋に行ったとき

お腹が痛くなったら、彼女といい雰囲気にならないように気をつけねばなりません。そして、頃合いをみてダッシュでトイレに行きます。でも、何たって彼女の部屋のトイレです。短時間で済ますことはもちろん、ワンルームの時には音にも細心の注意が必要。さらに、臭いや跡をつけないように気をつけなくてはなりません(腹がゆるい人は、便も中途半端にゆるくてこびり付きやすいのだ)。トイレから帰ってきたあと、再びいい雰囲気までもっていけるかどうかは時の運。
 
 
巨大観覧車

何がつらいって、女の子といっしょに巨大観覧車に乗った直後に腹が痛くなったときが、生涯で一番つらかった。
 
 
昨日、庭で収穫したサクランボを食い過ぎて腹こわしてしまったので、つい昔のことを思い出してしまいました。今の嫁さんは元看護婦だけあって、そーゆー下の話は最初からまったく気にしない人で、楽だったなぁ。

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2006.07.02

J2第25節 湘南2-1札幌

 
コンサドーレ札幌応援日記

2006年07月01日(土)
J2第25節 湘南 2-1 札幌(平塚)
スカパーの中継をみる

6月無敗と喜んでいたら、7月に入ったとたんに負けちゃった。
 
 
詳細はこちら
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