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2006.01.20

「紙面で勝負」から「記事で勝負」へ

ここ数日、大きな事件がたくさん起こりました。「一連のライブドア騒動」「耐震強度偽装問題の国会喚問」「少女殺人犯の死刑判決」そして「阪神大震災11年目」。どれが新聞の一面を飾ってもおかしくない大事件であり、新聞各社は苦労したことでしょう。

このような、どのニュースを一面トップに据えるかという選択、別の言い方をするとニュースに対する順番つけは、ジャーナリズムの重要な役割です。しかし、ジャーナリズムの役割はそれだけではありません。いろんな分類の方法があると思いますが、ジャーナリズムに求められていた役割は以下の二つがあると思います。
 
 
その1 ニュースを作ること

世の中の森羅万象すべての出来事がニュースになるわけではなく、まずニュースとして取り上げるという選択行為があります。そして選択された出来事を、文章なり映像なりのニュースとして仕上げる行為。ここまでがニュースの制作と言えるでしょう。
 
 
その2 ニュースの順番つけ

大量にできあがったニュースを、全て公平に伝えることは不可能です。その重要度に従って順番つけをせねばなりません。一面トップ記事の選択の作業は、これにあたるわけですな。
 
 
新聞やTVなどの既存のマスコミは、このジャーナリズムの役割をふたつ同時にこなしてきました。自分で取材しニュースを作り、自分でその順番を判断し、その通りにメディアに乗せてきたわけです。例えば、新聞社のサイトを見ると、自社でつくったニュースが、トップ記事から泡沫記事まで重要度に従って順番に並べられています。

ちょっと別の見方をすると、本来重要なのは個別の記事であり、新聞社サイトは、Web空間に存在する記事の中から自社制作の記事だけを選択し、自社でおこなった順番つけに従って表示している、と言えます。

しかし、個別の記事の制作と、それを選択し順番つけて表示するというジャーナリズムのふたつ役割は、両方を同じ人がこなす必要はありません。WWWという仕組みの元では、他人が作ったニュースを集め、それを自前の基準で順番つけ他人に提供する仕組みは簡単につくれます。(もともと通信社から配信された記事を載せるだけの地方新聞なんかは、ある意味こーゆー仕組みだといえるかもしれません)
 
 
ここから、記事の作成を市民自ら行うことは難しいとしても、「トップニュースの選択を市民の手で行いたい」という発想が出てきます。特に、先日のように大きな事件がいくつも同時に起こった時には、その中の何が本当に重要なのかの判断を、既存のマスコミにはまかせておけないと思う人は多いでしょう。また、大手マスコミが決して取り上げない小さなニュースが、市民にとっては実は重大なのかもしれません。
 
 
実は、既存のマスコミではなく市民によりトップニュースを選択する仕組みは、現在もそれなりに存在します。

例としては、Hatena Bookmark Newsが挙げられます。(「はてブ」が新聞社サイトを殺す可能性(踊る新聞屋)を参照)多くの人にブックマークされたニュースほど、トップニュースとして取り上げられる仕組みです。非常に民主的ですな。

また、「Google ニュース」もあります。これは、外部からたくさんリンクされた記事ほど上位に来る仕組みです(記事を選択するアルゴリズムは公開されてないので、あくまで想像ですが)。悪名高き2chの「ニュース速報+」だって、多くの2チャンネラーにより「age」られた記事ほど上位にくる、ある意味公平で民主的な仕組みです。また、所謂「個人ニュースサイト」群により形成された一種の大規模なリンク網も、全体としては同様な働きをしてると言えるでしょう(「ニュースサイト」と「脳の短期記憶」のアナロジー を参照)。

このような民主的にトップニュースが選ばれるシステムが「新聞社サイトを殺す」までいくかどうかまではわかりません。しかし、個別の記事が注目されることがあっても、新聞社サイトの必要性が感じられなくなったのは確かでしょう。
 
 
さて、今まで、マスコミとしての新聞が評論されるとき、それは紙の「新聞」もしくはネット上の「新聞社サイト」という全体の一塊で見られてきました。個別の記事の制作と、記事の順番つけの両方が行われた上での「紙面全体」で勝負してたわけです。

しかし、いまやネット上では新聞社サイトはあまり注目され事がなく、個別の記事が新聞社の枠を越えて市民によって評価され順番つけされています。記事で勝負の時代になってきたわけですな。

この点をきちんとマスコミが理解し、個別の記事が民主的に選択されるよう気をつかえば、記事の質は自然とあがるでしょう。市民、マスコミ双方にとり、決して悪いことじゃないんじゃないかな。既存の新聞社も、いっそのことサイトごとブログ形式にしてしまえばいいのに。個別の記事をエントリーにトラックバックやコメント欄がつくだけで、今の新聞社サイトと根本的なところはかわらないはずだし。
 
 
ながながと書いた割には、ありきたりのお話でした。自分の考えの整理のためということで。
 
 
余談ですが。
問題は、上で述べたようなトップニュースを民主的に選択する仕組みが、果たして本当に市民の声を代表しているといえるのか? ですな。特に2chのニュース板が「市民の声」だなんて、既存のマスコミは絶対にみとめないだろうなぁ。私は、2chもりっぱな世論の表現のされ方のひとつだと思いますけどね。 
 

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