« 衆議院解散こそ議会制民主主義の王道だ | トップページ | 本「ぬかびら見聞録」「ドラゴンクエスト8のあるきかた」 »

2005.08.08

機械にも「知性」はある

あまりの暑さにボーっとしていたら、ちょっとだけ哲学的で、ついでにSF的な事を妄想してしまったので。

チャットや掲示板で、人間からの問いかけに対してそれっぽい返事をするプログラムのことを「人工無能」というそうだ。俗にいう「AI」や「人工知能」ほど賢くはなく、問いかけの文脈の意味を正確に理解することなく、単にパターンで返答しているプログラムを指す場合が多いようだ。

ここで、仮にとても賢い人工無能があったとする。

最近の人工無能は、膨大な辞書と学習するエンジンを持ち、ちょっと気の利いた会話ができたりして、チャットや掲示板で議論の相手をしても、それが短い会話なら相手がコンピュータだとは気づかれない程の性能だったりする。

さらに、例えば、会話を記憶する機能を持ち、2度目以降の議論では以前の会話に応じた内容の話ができるようなプログラムが開発されたら、会話しててもしばらくの間はコンピュータとは気づかれないだろうなぁ。
 
 
さて、私は人間を相手に会話している時、当然あいてには知性があると仮定して会話をしてるわけだ。とすると、人間だと思って会話していた相手が実は超高性能な人工無能プログラムだった時、私はプログラムには知性があると思いこんでいるわけだな。
 
 
これはある意味チューリングテストそのものであり、この場合は「この人工無能プログラムには知性がある」と言い切っていいだろう……と私は思う。(哲学者に限らず多くの人が反論するだろうが)
 
 
脳科学や哲学関連の入門書を読むたびに疑問に思うのだが、人間の「知性」というのは、多くの哲学者や一部の脳科学者達が考えているように、本当にそんなに特別なものなのか? 人間が「知性」を持ち、上述の人工無能が「知性」を持っていないと、どうして言えるのだろう?

あなたの隣にいる人が「知性」を持っているのは、おそらく間違いないだろう。あなたがそう思っているから。 だったら、あなたの愛犬は? あなたの言葉を理解し甘える愛犬の姿に、あなたは「知性」を感じないか? ならば、同じようにあなたの言葉を理解するAIBOやニンテンドックは? 愛犬とどこが違う?

そして、あなた自身に「知性」があると、どうして言い切れる? あなたの隣にいる人が、あなたに「知性」があると言ってくれるから? それくらい人工無能だって言ってくれるぞ(そうプログラムされていれば)。

人は、人間とサルの顔を一目で見分けるようなパターン認識力を進化させてきた。同属を一目で見分ける能力はは、コミュニケーションを取る上で重要な能力だからね。とはいっても、人とサルの顔、本質的にどこが違う?と問われても、言葉にして違いを述べることは難しいだろう。「とにかく違う」としか言えないわけだな。で、客観的に、たとえば宇宙人から見た場合、サルと人の顔の違いなんてものは、おそらくまったく無いと言い切ってもいいんじゃないかな?

人は、これと似たような能力を、知能的な面でも持っているだけかもしれないよ。つまり、人類は他の固体と何らかのコミュニケーションしている時、会話の中から同じホモサピエンスを他の動物と一瞬で区別できるような能力があり、区別した結果として同属にだけ共通するものを感じるようになった。(そのほうがコミュニケーションが円滑になって生存に有利だからね)。その同属の知能に共通する「におい」のようなものを、たまたま「知性」と呼ぶようになっただけかもしれない。要するに、人間は人間に対して「知性」を感じるように進化してきた、遺伝子にそうプログラムされただけなのかもしれないよ。そして、そのあやふやな「知性」の有無なんてものは、宇宙人が客観的に見れば、まったく感じられない程度のものだろう。

ついでに、あなたはあなた自身に「知性」が存在すると確かに感じているだろうが、こう感じること自体だって単に上で述べた進化の結果かもしれない、とは思わない? 「自分には知性がある」と言い張るようプログラムされた人工無能とどこが違う?
 
 
仮に、相手が人間かどうかを判断する機能がついた超高性能な人工無能同士が会話して、お互いがお互いを「知性がある人間である」と判断したとき(機械同士がチューリングテストを行いお互いがパスしたとき)、それを人間は笑ってみていられるのだろうか?
 
 
ペンローズとかは心を量子論で解き明かそうとしたが(皇帝の新しい心―コンピュータ・心・物理法則 ……正直、読んでも難しくてあまりよくわかりませんでしたが)、そんなに難しく考えなくても、「知性」なんてものは、単に人間が「自分や仲間は知性を持ってると感じるように遺伝的にプログラムされた結果」にすぎないんじゃないかね。「自分たちはお互いを理解できるほど賢い」と思いこんだ方が、コミュニケーションが円滑にすすみ生存に有利なので、その方向に進化してきただけなわけだな。

てなわけで、人間だけが持つ特別な「知性」なんてものは、この世には存在しないのだ。逆にいうと、人間が知性っぽいものを感じれば、それが犬であろうと機械であろうと、知性があると言い切ってかまわない。そう考えると、いまのコンピュータは、すでにかなりいい線までいってると思うな、HALの出現を待つまでも無く。
 
 
コンピュータが「知性」としかいいようが無いものをもつ時代が既に到来しつつあり、しかも会話の相手が実際に人間とは限らない時代が来てることを考えると(googleのあいまい検索なんて、かなり知性を感じたぞ )、人間的な「知性」を絶対視するのは、そろそろやめた方がいいかもね。

そのうち、人間の想像を絶した形態や時間的空間的スケールの「知性」をもつ宇宙生物と出会ったとき、今の「知性」の定義のままだと、まったく対応できなかったりするかもしれないし。

|

« 衆議院解散こそ議会制民主主義の王道だ | トップページ | 本「ぬかびら見聞録」「ドラゴンクエスト8のあるきかた」 »

コメント

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)




トラックバック


この記事へのトラックバック一覧です: 機械にも「知性」はある:

« 衆議院解散こそ議会制民主主義の王道だ | トップページ | 本「ぬかびら見聞録」「ドラゴンクエスト8のあるきかた」 »